松本千登世「顔が笑うと、心も笑うよ」 [VOCE]

2018年10月29日(月) 11時50分配信

文/美容ジャーナリスト・エディター松本千登世

美容ジャーナリスト・エディターとしてVOCEでも出演、取材、編集、執筆と活躍中の松本千登世さん。その美しさと知性と気品が溢れる松本千登世さんのファンは美容業界だけにとどまらない。彼女の美容エッセイから、「綺麗」を、ひとつ、手に入れてください。
「顔が笑うと、心も笑うよ」

講談社VOCE

「顔が笑うと、心も笑うよ」

ある朝、新聞の投稿欄に、小さな娘を持つ若い母親の言葉が綴られていました。

小学生になったばかりの娘がふと、「ねえ、ママ。天気予報では、どうして雨の悪口を言うの? 『残念ながら雨』とか『あいにくの天気』とか。だって農家の人は、雨を心待ちにしているかもしれないよね? 雨がかわいそう」と呟いた。

思わずはっとさせられた。考えてみれば、娘の言う通り。知らず知らずのうちに、自然の悪口を言っていた。ふと、大人になって忘れてしまったことを思い出した……。

大まかに言うと、こんな内容だったと思います。

まだ眠気が残る目でぼんやりとページをめくっていた私の心に、ピュアな心が感じた疑問は鮮やかに飛び込んできました。きっと私だけでなく多くの人に感動を与えたに違いありません。小さな女の子の感性に触れて、朝からなんとなく晴れやかで、清々しい気分になったもの。

その日、仕事で会った女性に何気なくこの話をしたところ、離婚をし、シングルマザーとして子育てをしている彼女はどうやら心底感動したようで、少し涙ぐみながらいい話をありがとうと言って、こう続けました。

「じつはね、私、時間に追われてひとりいらいらしながら家事をしているときに、娘に言われたことがあるんです。『ママ、笑って! 顔が笑うと心も笑うよ』って。はっとしましたね。眉間にシワを寄せて、溜め息をついて、ばたばたと物音を立ててた。いけないいけないって思ってたんだけどどうしようもなくて……。小さな心で私に気を配りながら、明るく諭してくれたんですね。我が娘ながら、おーっ、センスあるな、って」。

心が白いって、タフ。彼女はそう言いました。「顔が笑うと心も笑う」は科学も哲学も医療も美容もすべてを超越した「真実」で、子どもの白い心はそれを本能で知っている。そんな心に触れているうちに自分もどんどんピュアになって、心が白くなっていくような気がする、と。

きっと大変な毎日だろうと想像しながら、でも、どんどんピュアになる全力の人生を少しうらやましく思いました。
「便利」が奪う、想像力と創造力

講談社VOCE

「便利」が奪う、想像力と創造力

仕事で沖縄のガラス工芸作家のもとを訪れたことがあります。

ガラスでありながら表情と温もりがあり、ひとつひとつに個性がある器。独特の丸みと柔らかさが吸いつくようにフィットするせいか「私だけのもの」という気持ちにさせられる。

作り手である彼女も、想像通り、柔らかくて温かくて、とても個性的、不思議な磁力を持っている女性でした。

彼女は決して便利とは言えない沖縄中央部に位置する村に工房と居を構え、3人の子どもを伸びやかに育てていました。

聞けば彼女、「都会」の出身。

「実家に帰るたび思い知らされるんです。お風呂はボタンひとつで沸かせるし、夜中にお腹が空いたらコンビニに行けばいい。『便利』って素晴らしい、と。でも、ね。『不便』にはそれを上回る価値があると思うの。不便だから人は『工夫』をする。欲しいものの代わりを見つけ出したり、ないものを創り出したり。不便って人間の『能力』を培うと思うんですよね。だから子どもは、不便な環境で育てたかったんです」。

コンビニが定着し、買ったほうが手っ取り早くて安上がりと、私たちは料理ができなくなった。携帯電話が当たり前になり、場所や時間を正確に決めなくても多少遅れても大丈夫と、私たちは待ち合わせができなくなった。スマホが普及した途端、いつでも何でも教えてくれるしどこへでも連れて行ってくれるから、私たちは準備ができなくなった……。

「便利」が想像力も創造力も奪ってる、心のどこかでずっと思っていました。だから彼女の子育て論にはっとさせられたのです。

一度手に入れた便利はもう、手放せない。いや、進化は進化、利用すべきだと思います。ただ、それを当たり前と思わず、感謝すること。同時に「もしなかったら」をつねに頭に思い描くことが大切、改めてそう思いました。
笑うと、変わる

講談社VOCE

笑うと、変わる

中学生? いや、小学生? 朝、エレベーターに乗るとたまに出くわす男の子がいます。

そのたび「おはようございます」と声をかけるけれど、聞こえているのか聞こえていないのか、目を伏せたまま反応なし。微妙な年齢は理解するけれど、本音を言うと、私は心の中で少しむっとしていて、今度から会っても挨拶なんかしないもんね、と大人気なく考えたりもしていました。

一方で、その複雑な表情がどこか甥と重なって、無視できなかったのも正直なところ。

そうだ、「ゲーム」と考えて会うたび声をかけよう、笑いかけよう。そのうち、挨拶してくれるはず。彼にとっては甚だ迷惑な話だと思うけれど、きっと彼は「照れくさい」だけと勝手に想像して、ゲームを続けました。すると……?

彼の瞬きの数が増え、顎が上がるようになり、それが会釈っぽく進化して、今では相変わらず声はでないものの、ほんの少しだけ口角が上がるようになったのです。

人は笑顔を向けられると、不思議と同じように微笑んでしまうもの。笑うという行為の力に、ちっぽけな感動を覚えました。

打ち合わせのとき、この話を何気なく口にしたところ、思いのほか相手の女性が共感してくれました。彼と長く同棲していること。互いに忙しく、会話が少なくなったこと。ただの「同居人」になり、それを悩んでいたこと。そして……。

「これじゃいけないと思って、彼が帰ってきたら、思いっきり笑って『お帰りなさい』と言うようにしたんです。それまではドアを開ける音がしても自分の手を止めることなく、私にしか聞こえないような声で申し訳ほどの言葉をかけるだけだったのに。ところが、この笑顔が想像以上に効果的だったみたいで……。彼が嬉しそうなんです。今では、明るい声で『ただいまーっ』と帰ってきてくれるようになった。笑うってすごい、改めてそう思ったんです」。

女は笑っていたほうがいい。大人になるほどに笑っていたほうがいい。毎日毎日笑っていたほうがいい。笑顔は隣の大切な人にもたまたま触れ合う人にも、心地よいスパイラルを生むのだから。

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