大切な友人が癌に……私にできることは? [mi-mollet]

2016年10月22日(土) 18時00分配信





えりっこさんからの質問
Q.大切な友達であるお向かいさんが末期がんに。
私にできることは……?


7年ほど前に引っ越ししてきたお向かいの女性。話が合い、今では大切な友達になりました。そんな彼女が、末期癌に。家が近くても会いに行くことしかできなくて、38歳にして死を初めて身近に感じました。彼女はもう自宅で過ごしており、残り時間もわずかだと思います。頻繁に会いに行ってもいいんでしょうか?




特別ゲスト 金子稚子さんの回答
A.お別れの気持ちを持って会いに行かないで。 “生きること”を支えるために会いに行ってください。
頻繁に……、彼女が望むなら、会いに行ってください。マナーがどうだとかは、関係ありません。

おうちに帰ってきた彼女は、お隣さんとして、同じ女性として、えりっこさんにしてもらいたいことがあるかもしれません。時として患者には、ご家族や医療者にはお願いしづらいことがあるものです。それを彼女が言ってくれるかどうかは、お二人の関係次第ですが、「私にできることがあれば遠慮なく言ってほしい」と声をかけられてもいいと思います。

このような状況で会いに行かれるとき、大事なことは、「お別れの挨拶をする」という意識を持たないことです。末期というとどうしても、お別れの気持ちを持って会いに来られる方が多いのですが、本人はきちんとお別れをしたい、などとは思っていないかもしれません。また、「諦めるな」や「頑張れ」は、関係性にもよりますが、非常に残酷な言葉です。病にかかった人の気持ちというのは、健康な人間には理解できない次元にあるもの。まして、死をはっきりと意識している人は……。だから、周囲は最後までその方の“生きる”を支えてほしいのです。大切なのは、アナタがどうしたいかではなく、その方がどう思っているか、何をしてほしいのか。本心や心からの希望を言ってもらえるかどうか、あるいはそれを受け止められるかどうかは、えりっこさん次第です。

もちろん、それがえりっこさんにとって悲しく苦しいことなら、する必要はまったくありません。死が近い人だからといって、アナタが「しなければならない」と考えて行動するのは、反対にその方に対して大変失礼なことだと私は思います。なぜならその行為は、死に近い人と自分とを「区別」することでもあるから。いずれは死ぬ存在であることは、アナタも彼女も同じなのに……。ですから、無理をする必要はありません。でも、彼女のために何かしてあげたいと思っているなら、「アナタにできないことで、私にできることがあるなら言って」と、心からの声をかけてみてください。その思いが心からのものであるならば、必ず彼女に伝わるはずです。
PROFILE
金子稚子(かねこわかこ)
1967年生まれ。終活ジャーナリスト。終活ナビゲーター。一般社団法人日本医療コーディネーター協会顧問。雑誌、書籍の編集者、広告制作ディレクターの経験を生かし、死の前後に関わるあらゆる情報提供やサポートをおこなう「ライフ・ターミナル・ネットワーク」という活動を創設、代表を務めている。また、医療関係や宗教関係、葬儀関係、生命保険などの各種団体・企業や一般向けにも研修や講演活動もおこなっている。2012年に他界した流通ジャーナリストの金子哲雄氏の妻であり、著書に『金子哲雄の妻の生き方~夫を看取った500日』(小学館文庫)、『死後のプロデュース』(PHP新書)、『アクティブ・エンディング 大人の「終活」新作法』(河出書房新社)など。編集・執筆協力に『大人のおしゃれ手帖特別編集 親の看取り』(宝島社)がある。

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