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「遺影」をアラーキーが撮影!樹木希林、その半生と家族を語る [FRaU]

2016年05月12日(木) 10時00分配信

「いやっほぅ、撮れーっ!!!」(樹木)

祈る女性の手――。それだけを写した、一枚の写真がある。今からちょうど10年前、2006年3月7日に文京区の護国寺で、演出家・久世光彦さんの葬儀が営まれた。遺影は、写真家の荒木経惟さんが撮ったものだ。荒木さんは、出棺の際に隣で手を合わせていた女性の手の美しさに目を奪われ、思わずカメラのシャッターを押した。女優・樹木希林さんの手だった。

「何かの時は花がいい」(荒木)

いつかポートレートを撮りたい。そのときは、希林さんの手の写真を収めた『東京人生』という写真集を手渡したい。かねてから、荒木さんはそう話していた。

FRaU6月号撮影のこの日、フォトセッションが始まる前に、荒木さんは希林さんに2冊の写真集をプレゼントした。「盗み撮りしちゃってスイマセン」と言いながら『東京人生』を。もう一冊、自身のデビュー作である『センチメンタルな旅』の復刻版には、その場で、「キキキリンスキアラーキー」とサインした。なんだか「キ」が多い。邪キに元キに陽キに英キ、意キに本キに勇キに合キ……。

実際、撮影はエネルギーを表す気と気のぶつかり合いと相成った。最初に、「花からいきましょう!」と決断したのは荒木さんだ。希林さんが自ら用意した衣装は、花柄のブラウスが3枚と、娘婿である本木雅弘さんが家に置いていったシャツを袖上げしたものが2枚。荒木さんは、最初に花柄のブラウスを選んで言った。「何かの時は花がイイ」と。

希林さんは撮影の時、スタイリストもヘアメイクもつけない。全部自分で準備する。

「だって、そのために大勢の人が動いたところで、大して成果も上がっていないのを見てるから(笑)。効率を考えたら、つい『自分でやったほうがいい』と思っちゃうのね」

着替えも早い。メイクも、「一応ね、頬紅だけ塗ってみました」と、一瞬で済ませてしまう。本木さんの実家のお土産だという和菓子を差し入れ、そこにいるスタッフ全員に配る。とにかく残さないように、無駄を出さないように、徹底的に気配りをする。洋服は買わず、家族が家に置いていったものを自分でサイズ調整したり、リメイクしたり。現在暮らしているコンクリート打ちっ放しの家にも、家具はほとんど置いていない。12年前に乳がんを患い、13年には“全身がん”であることを告白した希林さんは、「自分の身を始末する感覚で、毎日を過ごしている」のだそうだ。

「形式ではなくて、気持ちに沿った行動をとるようにはしています」(樹木)

役にも、物にも執着のない希林さんだが、かつて内田さんが妻に無断で提出した離婚届を取り下げるために、離婚無効の訴訟を起こしたこともある。夫婦関係には固執してるように見える希林さんが、もうひとつ“執着がある”と公言しているのが不動産だ。

「ローンを払うのが好きだったの。毎月のことだから、一応今月分を返済できれば、達成感があるでしょう? 一旦不動産を買えば、払い切るまでは死ねない、という責任が生まれる。そういうのがまたね、紛れるんです。内田さんとの関係もそうだけれど、ローンを抱えていたり、夫のことで忙しくしてると、人生、『はーっ』って深いため息をついている暇がちょっとないわけ。私にとっては、それがすごく大事だったのね」

日々、小さな達成感の積み重ねで生きて、それでは満足できずに、自分の意思でちょっとした事件を起こしたりしたことも何度かあった。でも、希林さんには、どんなときも自分の置かれている立場を俯瞰で見る癖がある。
「“これは大変なことになった!”なんて慌てるのは一瞬だけ。あとは、騒動を収めるために、形式ではなくて、気持ちに沿った行動をとるようにはしています。」

言われて気づく。希林さんの日常には、形式ばったものは一切ない。夫婦の形式、家族の形式、女優の形式、女としての形式。そんなものには一切こだわらず、その時々で、心に沿った行動をとる。全身全霊を込めて――。だから、荒木さんが撮った手の写真は見とれるほど美しいのだ。形式的に手を合わせたのではなく、深い祈りの心が込められていて、たった一枚の写真からも、希林さんが久世さんを想う心が、伝わってくるからだ。

「でも、私にとって家族への愛情は、“注がなきゃいけないな”っていう義務感とか倫理観からきているものだと思います。自分を犠牲にしても家族を守るとか、会いたくて矢も楯もたまらないような深い深い愛情が、自分の中にあるとは思えない。だってそうでしょう。夫と、一年のうちに一回も会わなくても平気でいられるというのは、何かヘンじゃないかと思いません? 言わなくてもわかるとか、そんな高尚な関係では決してないし……。ときどきね、私が、性質が悪いから、『もうそろそろ(家に)お帰りになったらいかがですか?』ってちょっと言ってみるわけ。そしたら向こうは、『勘弁してくれる? 無理だろう』で終わり(笑)。礼儀で、『思い出さないと悪いなぁ』とは思ってるのよね」
「生ぬるい関係を繰り返しても人は成熟しない」(樹木)

「荒木さん、今日は私の遺影を撮ってくださいね」(樹木)

「生ぬるい関係を繰り返しても人は成熟しない」(樹木)

子供との関係も、極めて俯瞰で捉えている。母性がなくても子供は生まれるし、子供を産めば母性が芽生えるわけでもないと、希林さんは断言する。
「私の場合は、母性というより、相応に責任を感じながら育ててきたという感じ。70になったって、娘より私がっていう人はいっぱいいますよ。表向きは子供を大事にしているように見えても、どこかで自分を優先させたがっている親は、私たちの世代には多いわね。でも、母性も父性もちゃんと注がれずに育った娘でも、父親のことは私なんかよりずっと深く思ってる。一緒にいるとそれがわかるから、あぁよかった、と思います」

型にはまらない人生を送る希林さんは、61歳で乳がんになるまで、男も女も結婚はしないよりしたほうがいい、と思っていた。
「結婚すれば苦労もする。嫌な思いもする。夫婦や親子という人間関係に深く踏み込んでいかなければならなくなる。それは、人間が成熟するのには必要なことなんじゃないかって、ある時期までは思っていました。でも今はね、無理にしなくてもいいんじゃないかなぁ、って。同棲するなら、籍を入れたほうがいいわよ、それは。だって同棲っていうのは、別れちゃったら嫌なものが何も残らないから。その気楽さは、人生においては無駄ね。そんな生ぬるい関係を繰り返しても人は成熟しない。結婚生活を続けることも別れを決断することも、かならず嫌なことは付きまとう。でもそういう経験が、生きていく上では大切だって思ってた。ただ、結婚しなくても成熟する方法を見つけていければいいんじゃないかって気が、最近はするのね。病気をするとわかるんですよ、人生って、そんなに長くないんだなぁ、って。だから無理をして、嫌な思いをしてまで結婚という形にこだわらなくてもいいのかもしれない。もちろん、恋人はいたほうがいいと思いますけど」

面白いのは、希林さんに助言的なものを求めると、決まって、「苦労する方」を勧められることだ。先日の日本アカデミー賞授賞式でも、最優秀助演男優賞を受賞した本木さんに、祝辞代わりに「家族のためにもっと働いてもらわないと」と発破をかけていたが、受賞作の『日本のいちばん長い日』は、公開後に、わざわざ映画館まで足を運んだという。

「私は事務所にも属していないし、大家をやってるから収入も安定しているでしょう? でもあちらは事務所をやってるから、自分の家族以外に、社員も養っていかなきゃいけない。コマーシャル仕事なんかより、もうちょっと苦労したほうがいいんじゃないかって思っちゃうのね。だから仕事ぶりを確認しちゃう。私が『どこにいるの?』なんて連絡を取ると、『(実家の)桶川です』なんて言って、畑を耕していたりするから。そういう人なんですよ(笑)。代々、土と関わる遺伝子を持ってて、たまたまあの子だけが、芸能界に入っちゃった。子供の頃、桶川から自転車を漕いでやってきて、大宮の街を見たとき、『ここが原宿か?』って思ったっていうんだから、ピュアなのよ(笑)。一つ一つの仕事に、のめり込んで取り組む人だから、芝居をするのはキツイだろうと思うんですけどね。でも、そこは生活がかかってるから」
「私よりも内田さんのほうが優しいと思いますよ。」(樹木)

FRaU6月号掲載「花と遺影」より

「私よりも内田さんのほうが優しいと思いますよ。」(樹木)

無駄や嘘や体裁の一切ない人生――。それはときに辛辣に、冷酷に、非情に映ることもあるかもしれない。でも実は、自分の近くに“在る”人やものや縁や時間をとても大事にしているだけなのだ。関わったものに対しては、責任をもって最後まで関わり切る。語る言葉の端々から、そんな、希林さん流の優しさや愛情が感じられた。

「でも、私よりも内田さんのほうが優しいと思いますよ。あの人は、誰に対しても優しい。私が若い頃、森繁久彌さんの舞台を観に行ったときに、お花が死ぬほど贈られてくるのを見て、『何てもったいない』って思ってね。自分が舞台に出るときは、方々に、『花は贈らないでください』と連絡を入れたの。」

それでも届いたお花は舞台のスタッフに分けて贈っていたが、

「そうしたらうちの夫が『花屋も生活がかかってるんだ! 花は贈るなとか、そういうことを大きい声で言うな!』って怒るの。だから、小さい声で言うようにしてるんですけど(笑)。ハワイに行ったときも、スーツを新調したいって言うから付き合ってたら、似たようなのいっぱい持ってるのに、あれこれ迷うんです。それでそのうち私に怒るの、『お前もなんか買え!』って。お店の人にも生活があるのだからって。あの人は、3万円しか財布になくても100万使うとか、人のお金と自分のお金の区別がつかないだけで、私よりずっとノーマルな人なんです」

内田さんの話をするときの希林さんは、やっぱりなんだか楽しそうだ。ならば訊いてみたい、
「希林さん、今、幸せですか?」と――。「それは……幸せなんじゃないの? だって内田が言うんだから。『孫が3人もいて、お前みたいに幸せな女優はいないぞ!』って。だから私も負けじと、『孫が3人いるロックンローラーもいないでしょう?』って言い返す。そうすると、内田さんも認めます。『う……わかってる、俺も幸せだ!』って(笑)」

きききりん◎1943年東京・神田生まれ。文学座附属演劇研究所を経て、文学座の正座員となり、1966年フリーに。是枝裕和監督の最新作『海よりもまだ深く』では、希林さんが演じることを想定して監督は脚本を書いたという。5月21日(土)より全国ロードショー。

あらきのぶよし◎1940年東京・三ノ輪生まれ。現在、パリのギメ東洋美術館で「トンボー・トーキョー」展が開催中(9月6日まで)。写真展では、樹木さんに手渡した復刻版『センチメンタルな旅』も展示。

2016年 FRaU6月号掲載「花と遺影」一万字インタビューより抜粋

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