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作家・本谷有希子さん「ネガティブな空気を嫌う人たち作家・本谷有希子さん「ネガティブな空気を嫌う人たちの“なんか気持ち悪い”感じ」 [mi-mollet]

2018年10月17日(水) 20時10分配信

撮影/森山将人

「新聞などで自分の記事を見た時に、自分の年齢が出ていると、びっくりします。内面や精神年齢が全然追いついてないなって」
そう語るのは、2年前に芥川賞を受賞した作家・本谷有希子さん。このところは、ここ数年休止していた演劇活動も再始動し、「数年前から小説の書き方が変わったんです。演劇でも、その創作の変化の感覚を掴みたい」と、ワークショップなどに励んでいると言います。40歳を前に守りに入らず活動するその原動力を聞けば、「ただ退屈が苦手なだけ」との答え。
ストーリーを決めずに作品を書き始めるのも、「小説が知らない場所に連れて行ってくれる形でないと、途中で退屈してしまうから」なんだとか。芥川賞受賞後、初の上梓となった作品集『静かに、ねぇ、静かに』収録の『本当の旅』は、その醍醐味がラストに味わえる一作。そして本谷さんが「小説でやりたいこと」を存分に感じられる一作でもあります。

実感が抜け落ち、画面の中にあるものが事実として残るSNS

2016年に芥川賞を受賞し、すぐに次の作品を書くつもりだったという本谷さん。ところが思うように筆が進まず、気分転換に友人とともにマレーシア旅行にでかけます。『本当の旅』はその中で生まれた作品です。
「一緒に行った友人がインスタグラムのための写真を撮っていて、自撮り棒なんかも持ってきていたんですね。普段からスマホで写真を撮る方でもなかった私は、その面白さが良くわからなかったので、ここは乗っかってみようと。そうしたら誰よりもハマってしまった(笑)。400枚近くの写真を撮って、ホテルの部屋で画面を見ながら、延々とアルバムの整理をしていたんです。不思議なのは――同行者にも確認したのですが――誰一人として、この旅行を楽しい!充実している!と思っていなかったのに、写真で見返すとすごく楽しそうなんですね。その、実感が抜け落ち、画面の中にあるものだけが事実のように残っていくことが、妙に引っかかって。もしかしたらこれは小説になるかもなと」
ネガティブな現実を編集すれば、思い通りに生きられる

撮影/森山将人

ネガティブな現実を編集すれば、思い通りに生きられる

物語はアラフォー男女3人の、3泊4日のマレーシア旅を描きます。
仲間内ではちょっと知られるインスタグラマーの「づっちん」、ショップ店員でサブカル女子系黒づくめファッションの「ヤマコ」、そして地方移住して農業に従事する物語の語り手「ハネケン」の3人は、名実ともに「お金では買えない価値」を重んじる仲間たち。ゆえに、なんでも金で解決する旅を、よしとしてはいません。

空港手続きでLCCならではの長い列に並び、地元の人が作ったお土産物を買い、現地の人しかいない熱気ムンムンの食堂でご飯を食べ――その逐一をスマホで記録しSNSで共有して「おれらすっげえ楽しそう」と振り返りながら、リーダー格の「づっちん」は言います。「こうやってあとから見返す時間が、むしろ本当の旅っていうか。この動画のために旅があるっていうか」。

「観光地って実際には見るべきものはほとんどないのですが、それをさも何かあったように撮影し、公開する。逆に邪魔なおばさんが映りこんでしまった時はトリミングして、最初からなかったことにする。最悪な体験も客観視してネタにすれば痛くない、みたいな文化がありますが、トラブルも写真や動画にすると急に他人事に思えて、乗り越えられた“感じ”がする。編集で思い通りの世界を作ることで、思うように生きていると思える。どれもある種の自己防衛かもしれないけれど、結局はネガティブな現実を見ないふりをしているということでもあるんですよね」

必ずしも同意していなくても、相手の発言に対してつねに「いいね」「わかる」「そうだよね」「感謝しかない」と同調する彼らは、自身を「いい人」だと自負しています。でも多くの読者は違和感を覚えながらも、やがてあること――彼らが場の空気がネガティブになることを不思議なまでに嫌がっていることに気づくでしょう。

「最近は友達同士ですら“人と違う意見を発しにくい”“ネガティブな空気がイヤ”と言う人が多いらしいんですね。彼らは何をそんなに恐れているのかなと。何かが絶賛され始めると、残りの8割くらいの人がその空気に流されるままに絶賛することも、それに通じるもののように思います。それは周囲と異なる意見や行動を奇異な目で見たり、時に悪であるかのように言われることの裏返しであり、他者を許容する懐の深さみたいなものがなくなっている証拠かもしれません」

ネガティブな現実から目を背け、ぶつかり合いを恐れ、たった一言で形ばかりの同調をして終了という思考停止状態の彼らに、「そんなことやってる場合じゃない」現実が迫ってゆく過程を作品は描いてゆきます。
でも――と、本谷さんは続けます。「そういう生き方に懐疑的な視線を向けながらも、SNSを否定したり、警鐘を鳴らすような小説には絶対にしたくなくて」。そこには本谷さんが考える「小説」に対する思いが関係しているようです。
「結論」ではなく「空気」を表現して届けたい

撮影/森山将人

「結論」ではなく「空気」を表現して届けたい

強い自意識に振り回されながら答えを探す主人公を、ある種の疾走感とともに描いた初期の作品は、だからこそ多くが映画化されたのかもしれません。でも芥川賞ノミネートの常連作家となり始めて以降の作品は、薄皮を一枚一枚はいでゆき、その中心にあるものの形をじわじわと見せてゆくような感じ。そしてその見え方は人により異なり、それぞれの心にさざ波を立て、問いかけや思考が跡を引くように残ります。

「正直なところを言えば、以前は演劇と小説の書き方の違いが分からなかったし、そういう中で、映画化や演劇化ができない小説を書こうと意地になっていた時期もあります。そこからブレイクスルーしたのは、2013年の『嵐のピクニック』や、三島賞を頂いた『自分を好きになる方法』あたりでしょうか。
同じころに結婚したのですが、その影響もあるかもしれません。私と正反対の夫に、何をするにも自分のことなんて“誰も見てないよ”と言われ続け(笑)、自意識から抜けたというか。小説は何を書いてもいいんだなと思うようになったし、“小説ならではの”と力むのも野暮だなと。
以来思うのは、小説は“空気”を書くものなのかなということです。“つまりこれはこういうことなんだ”と端的に言葉にするのは、私よりずっと上手な人がいる。だからそれとは違う“なんか気持ち悪い”“なんか不思議なことが起こってる”という状況の、その“なんか”を“なんか”のまま読者に届くようにしたいなと。それが私なりの、小説にできる表現なのかなと思います」

本谷 有希子

著者PROFILE 本谷 有希子Motoya Yukiko
本谷有希子 1979年生まれ。2000年「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。'06年上演の戯曲『遭難、』(講談社)で第10回鶴屋南北戯曲賞を史上最年少受賞。'08年上演の戯曲『幸せ最高ありがとうマジで!』(講談社)で第53回岸田國士戯曲賞受賞。小説では'11年に『ぬるい毒』(新潮社)で第33回野間文芸新人賞、'13年に『嵐のピクニック』(講談社)で第7回大江健三郎賞、'14年に『自分を好きになる方法』(講談社)で第27回三島由紀夫賞、'16年に『異類婚姻譚』(講談社)で第154回芥川龍之介賞を受賞し、純文学新人賞の三冠作家になる。その他の著書に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『あの子の考えることは変』(ともに講談社)、『生きてるだけで、愛。』『グ、ア、ム』(ともに新潮社)など多数。

『静かに、ねぇ、静かに』

<新刊紹介>
『静かに、ねぇ、静かに』
著者  本谷 有希子 講談社 1400円(税別)

芥川賞受賞から2年、本谷有希子が描くSNS狂騒曲!
海外旅行でインスタにアップする写真で"本当”を実感する僕たち「本当の旅」、ネットショッピング依存症から抜け出せず夫に携帯を取り上げられた妻「奥さん、犬は大丈夫だよね?」、自分たちだけの"印”を世間に見せるために動画撮影をする夫婦「でぶのハッピーバースデー」の3作品を収録。SNSに頼り、翻弄され、救われる私たちの空騒ぎ。
撮影/森山将人
ヘアメイク/橋元大和
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)

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