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安田顕「一人の人間を生きることも “旅” のような体験」 [FRaU]

2018年10月13日(土) 16時40分配信

Photo:Noriko Yamamoto

強烈な映画が誕生した。『純喫茶磯辺』『ヒメアノ〜ル』などで知られる吉田恵輔監督が “人生で最も影響を受けた漫画” と公言する『愛しのアイリーン』は、漫画家の新井英樹さんが、「人が気軽に鵜呑みにして信仰する “愛” を、手探りで否定し尽くして、残ったもの・ことを呼びたければ(仮)に愛と呟こうと思って描いた」と語るほどの問題作。

愛への理想や幻想を一切排除し、生々しく荒々しい、獣のような人間の姿が描かれている。映画の中で安田顕さんが演じたのは、嫁不足の農村に暮らす42歳のダメ男・岩男。嫁探しのためにフィリピンへ渡り、貧しい漁村に生まれたアイリーンを嫁にした岩男が2週間ぶりに実家に帰ると、そこでは父親の葬儀が執り行われていた。母・ツルは、岩男とアイリーンの結婚を認めようとせず……。
台本を呼んだ時、終盤の冬山のシーンで涙が溢れました。

「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ

台本を呼んだ時、終盤の冬山のシーンで涙が溢れました。

 

――映画を観て、強い衝撃を受けました。インタビューの前に作品の感想を伝えたかったのですが、何から話せばいいのか……。前半は、適度に笑えるところもあったのですが、後半は、苦しくて胸がズキズキしっぱなしでした。ただ、ずっと集中して見入ってしまったことは確かで。映画1本観るのに、こんなにカロリーを消費したのは初めてのような気がします。

安田:すごくよくわかります(笑)。僕も試写を、僕が演じた岩男の母親役の木野花さんと、フィリピンでのお見合いの仲介役だった田中要次さんと一緒に観たんです。観終わった後、みなさん同じように呆然とした表情をしていて……。監督とプロデューサーさんと会ったときも、言葉にならなくて。「宣伝頑張ります」と伝えるのがやっとでした(苦笑)。

――親が子を思う心の激しさ、愛に飢えた男女の愚かさ、田舎の閉塞感、無意識に心に巣食う人種差別の問題……。描かれているテーマがどれも深いこともあって、ハンマーで頭を殴られたような、痛みの余韻が長く続きます。それは、覚醒に繋がる何かなのかもしれませんが。

安田:ズドーンときますよね。僕はハンマーではなく、(右手で自分の後頭部を指して)頭のこの辺をマイク・タイソンに思い切り殴られたような感じがしました(笑)。

Photo:Noriko Yamamoto

――この話のオファーがあったときは、どんな点に惹かれたのですか?

安田:僕は元々、“面白いからやりたい” とか、自分の中の基準があって仕事を引き受けたことはないんです。一緒に仕事をしているマネージャーから「こういう作品があって、主演のお話をいただいています。我々としてもこれはやりたいです」と相談されて、「はい、わかりました」と。

お仕事を引き受けるときは、毎回そういう流れなんです。僕は自分が作品を選べる立場だと思っていないですし、そもそも選びたいとも思わない。一緒に歩んでくれている人たちの判断に全幅の信頼を置いています。

『愛しのアイリーン』のときは、ホン(台本)を読んだとき、終盤の冬山のシーンで涙が溢れました。原作を拝読したのはそのあとです。まあ、漫画には当たり前ですが岩男が絵として描かれていて、その絵と僕の風貌は似ても似つかなかったので、「何で俺なんだろう?」という疑問は湧きました(笑)。

それで、「監督とお酒をご一緒できないですか」とお願いして、衣装合わせの前日に、お会いして、お話を伺うことができて。「20年ぐらい前にこの漫画を読んで、いつか映画化したいと思っていた」と、この作品に対する並々ならぬ想いを、訥々と話してくださったんです。表現者が、それほど強い思いを持って取り組んでいる作品に出演させていただくなら、それなりの覚悟を持って挑まなければ、と僕も決意を新たにしました。
――とにかく、岩男がハマり役だったことが驚きでした。この作品を経験したことで、安田さんの中に何か変化はありましたか?

安田:監督の中では、僕の “見てくれ” じゃなくて、内面に持っているものが、岩男にハマっていると思ったみたいです。だって監督と一緒に飲んだ時に、「安田さん、気持ち悪いじゃないですか」って言われましたから(笑)。僕が岩男にハマっていたとしたら、それは元々あった要素で、この現場を体験したから生み出された “気持ち悪さ” ではないと思います(笑)。

――いろんなシーンが心に残っています。ずっと岩男の背中を写しているシーンがあって。首の後ろが汗をかいていたので、どんな表情をしているのかと、いろいろ想像してしまいました。説明的でない映像に、想像力を刺激されました。

安田:あのショットは、最初からバックショットで行きますと、監督から伝えられていたんです。でも、保険で一応正面のショットも撮っておいたんですよ。その時の岩男は、恐怖と怯えで鼻水とよだれが垂れ流しの状態(笑)。監督は、「それじゃ前後のシーンと繋がらないよ!」って苦笑いしてました。僕としては、岩男がどういう状態なのか、その場で感じつつやっていたつもりです。

――作品を観て、表現者として、こういう面も持っていらしたんだという、発見も多かったです。

安田:僕なんか(岩男の母・ツル役の)木野(花)さんに比べたら全然(笑)! 近くにいても、木野さんの動きや表情に、いちいち “ギギギ” とか、“ググーッ” とか “ガガッ” とか、漫画の擬音が出てるように感じたくらい、すごい迫力でした。

ツルの言動はクレイジーなんだけれど、やっぱり母親というのは自分を見失ってしまうほどの愛情を、子供に捧げているものなんでしょうね。もしかしたらそれは、愛というより “所有欲” に近いのかもしれませんが……。

だから僕はこの映画を観て、「人間の煩悩って百八つあるんだ」ってことがはっきりわかりました(笑)。それぞれの欲望が渦を巻いていて、一人一人の熱量がすごくて、生々しくて。「自分は、こんな熱量で生きてるだろうか?」って思わず自問自答してしまったほどです。

こんなに、岩男という一人の人生を旅した気持ちになったのは、俳優になって初めてだったかもしれない。“人生は旅だ” とよく言われますが、一人の人間を生きることもまた自分の中での強烈な旅のようなものなんだな、と。

PROFILE 安田顕 Ken Yasuda

1973年生まれ。北海道出身。演劇ユニット「TEAM NACS」メンバー。舞台、映画、ドラマなどを中心に全国的に幅広く活動中。ドラマは、「下町ロケット」(2015年)「重版出来!」(2016年)「噓の戦争」「小さな巨人」(ともに2017年)「正義のセ」(2018年)などに出演。映画は、北野武監督『龍三と七人の子分たち』、園子音監督『新宿スワン』、土井裕康監督『ビリギャル』(すべて2015年)、森義隆監督『聖の青春』(2016年)、福田雄一監督『銀魂』(2017年)、白石晃士監督『不能犯』、滝田洋二郎監督『北の桜守』(ともに2018年)など。本作は横浜聡子監督『俳優 亀岡拓次』 以来の主演作となる。2018年の公開予定映画に江口カン監督『ザ・ファブル』がある。また、2019年 4月スタートの連続テレビ小説「なつぞら」にも出演が決定している。
INFORMATION 映画『愛しのアイリーン』

「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ

INFORMATION 映画『愛しのアイリーン』

一世一代の恋に玉砕し、家を飛び出した42歳の岩男(安田顕)は、コツコツ貯めた300万円をはたいてフィリピン嫁探しツアーに参加する。貧しい漁村に生まれたアイリーン(ナッツ・シトイ)を嫁にすると決め、日本に戻ると、父の源造は亡くなっていた。大事な1人息子がフィリピーナを嫁にもらったと聞いて激昂する母・ツル(木野花)。岩男とアイリーンは、夫婦の契りを交わすことが出来ぬまま、ツルは密かに別の女性を岩男の妻に迎えようとしていた。一方、外国人女性の人身売買を生業にする塩崎(伊勢谷友介)は、アイリーンを連れ去ろうとする……。2018年 9月14日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。

Photo:Noriko Yamamoto Styling:Toshihiro Muratome Hair&Make-up:Tetsuya Nishioka(Leinwand) Inteview&Text:Yoko Kikuchi

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