松本千登世「頼もしさという、女の色気」 [VOCE]

2018年10月09日(火) 20時10分配信

文/美容ジャーナリスト・エディター松本千登世

美容ジャーナリスト・エディターとしてVOCEでも出演、取材、編集、執筆と活躍中の松本千登世さん。その美しさと知性と気品が溢れる松本千登世さんのファンは美容業界だけにとどまらない。彼女の美容エッセイから、「綺麗」を、ひとつ、手に入れてください。
頼もしさという、女の色気

講談社VOCE

頼もしさという、女の色気

仕事でパリを訪れたときのこと。日本から参加したのは私ともうひとり。女性誌の編集者であるその人は、英語や仏語を自在に使いこなし、広い知識と鋭い感性を持つ女性。天は二物も三物も与えるものと、うらやましく思っていました。

到着した夜、荷物を整理していたら、ポーチから何かが転がり、キャビネットの裏側にぽとん。コンタクトレンズの洗浄液が落ちてしまったのです。

レンズそのものじゃなかったことにほっとしながらも、それがないと結局装着できないからやっぱり困る。裏側から手を伸ばすも、狭すぎて入らないし、下には空間がないから端から無理。キャビネットを手前に引こうとしたけれど、びくともしない。ああ、どうしよう? ホテルの人に頼むしかないよねと、早々にあきらめ、眠りにつきました。

翌朝フロントに頼んで出かけたのに、部屋に戻っても状況は何ら変わらず。困り果てて、もうまったくと、彼女に不満を漏らしました。

すると「私が部屋に行きますよ。取れるんじゃないかな」と、彼女。ううん、無理無理、だって私もさんざんトライしたもん。それでもと、彼女は一緒に部屋に来てくれて、手を伸ばしたけれど、やっぱり届かない。

「いいのいいの、明日また頼むから」と後ろで呟く私をよそに、彼女はキャビネットに手をかけました。ヒールを脱ぎ、腕まくりをし、「一緒に動かしましょう」。

私があわてて手を添えようとしたときにはすでに、キャビネットがずずずっと動き、呆気なく彼女の手に小さなボトルが。「はいっ、よかったですね」。

すべてに驚かされました。自力ではどうにもならないと決め付け、ホテル側に頼むことしか考えなかった私。それをうまく伝えられない自分の語学力を恥じながら……。

結局救ってくれたのは、彼女の語学力でも知識でも感性でもなく、あえて言葉にするなら「生きる力」。困る私をなんとかしたいという温かさと、動かさないと取れないなら動かそう、というプリミティブな思考。存在の頼もしさがこのうえなく美しく思えました。

この人がいると、なんとかなると思える、それも女の色気に違いありません。
気配の正体

講談社VOCE

気配の正体

映画館で待ち合わせをしたときの話。

珍しく早めに着き、近くのカフェで時間をつぶしていた私に「ごめん、遅れそう。先に入って、席、取っといてもらっていい?」。友人から遅刻を知らせるメールでした。

さっそく映画館へ向かい、わかりやすいようにと最後列の右奥2席を確保、端を空けてメールで知らせておきました。「荷物を堂々と」はさすがに気が引けたので、ストールをさりげなく置き、ここには人がいて、今は少し席をはずしているだけ、という雰囲気を作った……つもりでした。

はらはらしながら待つこと10分。来ない。間に合うかな? そう思った矢先。

どこからか私の隣にまっしぐらにやってきて、ストールに気付かぬまま、どすんっ。あまりの速さにどうすることもできませんでした。しばらく頭の中であれこれ思いを巡らせ、勇気を出して「あ、あのぅ、すみません」と事情を説明。その女性は渋々席を移動してくれたのでした。

もとを正せば、悪いのは遅刻した友人。でも、それを棚に上げて言わせてもらうなら、私は、全体重を預けるように座った「どすんっ」という動きがとても気になっていました。

その人もきっと焦っていたはず。まもなく始まっちゃう、早く席を確保しなきゃ、あっ、ちょうど端の席が空いてるじゃない、ラッキー、どすんっ……という具合に、心の動きが体の動きに現れたのだと思います。

ただその一瞬、隣にいた赤の他人である私の頭によぎったのは、その女性がドアをばたんと閉める音や電車の中でがははと笑う大きな声。そう、がさつな生き方が透けて見えたのです。

あっ、いけない。受話器を置く、コーヒーを混ぜる、キーボードを打つ、ヒールで歩く、バッグを置く……急ぐがあまり、私はさまざまなシーンで音を立ててる。エレベーターのボタンも、スイカのタッチも一分一秒でも早くと乱暴に。なんだか急に恥ずかしい気持ちになりました。

そういえば、ある男性が言ってたっけ。「物音を立てない女性は、出す声が穏やかで、所作も優雅なもの。そういう人にしか、『気配』は宿らないと思うよ」。この日私は、気配の正体が何か、解けた気がしました。
男性に大切にされる一瞬を積み重ねること

講談社VOCE

男性に大切にされる一瞬を積み重ねること

「東京」を象徴するホテル、「パレスホテル東京」が新たにグランドオープンしたとき、広報担当の男性にホテル内の施設を案内してもらいました。

中でも、フレンチレストラン「クラウン」は、イブニングドレスをイメージしたという曲線が取り入れられた、シックでラグジュアリーな空間。私が興奮していると、彼がひと言。「椅子にもこだわりがあるんですよ」。

そこに整然と並べられているのは、背の部分が抜けている椅子。一見オーソドックスに見えるけれど、この椅子のどこが……?

「じつは、ドレスアップした女性の後ろ姿まで美しく見えるようにとの配慮から背の部分があいているんです」。

はっとさせられました。もしかしたら、常識なのかもしれない。もしかしたら、ちっぽけなことなのかもしれない。でも、私にとっては、目から鱗が落ちる思い。女性はもっと華やかな存在でいい、いや、そうでなくちゃ。そんなシンプルなことを再認識させられたのです。

カジュアルなファッションに身を包み、思いきり食べて笑える「女子会」も確かに楽しい。でも最近、そればかりに甘えていてはいけない気がしていました。

特別な存在として大切にしてくれる男性のために、同時に、その空間やその時間を共有する周りのために、360度、てっぺんから爪先まで女を意識してみる。そんな一瞬が多ければ多いほど、私たちは綺麗になれるのじゃないか、そう思うのです。

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