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44歳でピンチをチャンスに変えた、作家・写真家の星野博美さん [おとなスタイル]

2018年04月01日(日) 10時58分配信

一つの学びが次の世界を開き、 どんどんつながっていく面白さ!

44歳で合宿免許。 そこからリュート、スペイン語……

一つの学びが次の世界を開き、 どんどんつながっていく面白さ!

どうにも人生が立ちゆかなくなったとき、どう切り抜けるかで、人の未来は変わっていく。44歳でピンチを迎えた星野さんの選択はユニークだった。
「島へ免許を取りに行ったんです。長崎県の五島列島に。運転免許を取ることよりも、“どっかに消えちゃおう”と。できるだけ遠くに行きたかった」
当時の星野さんは、愛猫が亡くなり、人間関係がズタズタに壊れ、悪いことが重なっていた。身も心も憔悴しきった状態から脱するには〈何かまったく新しいことに挑んで、余計なことをくよくよ考える暇もないほど疲れたい。脳も体も神経もくたくたにしたい。〉(『島へ免許を取りに行く』集英社文庫)と考えたのだ。
「実際、免許を取るのは、ほんっと大変でした。なかなかクリアできなくて、1ヵ月も五島にいることになって。でもその間に、合宿免許に来ているヤンキーの子や、18歳ぐらいのギャルたちと話していると、がんじがらめの人間関係には失敗したけれど、こうやって人と対することはまだ自分にできるな、と思えた。人間性の回復です。
それに40代半ばになって頭も硬いし、勉強なんて絶対に無理だろうと思い込んでいたのが、教則本を一緒懸命読んで、模擬試験をいっぱい受けて、時間はかかったけれど免許が取れたわけですよ。“これはまだ、いけるかも”と思えた。自信も回復です」
前出の本の最後に彼女はこう書く。〈「何かができるって、こんなに楽しいんだ!」 あの喜びが忘れられないのである。どうせ何もできない。がんばっても誰も誉めてくれない。だからがんばらない。新しいことに挑戦もしない。そんな自分に戻りたくない。〉
古いヨーロッパを旅するように

星野博美さん

古いヨーロッパを旅するように

免許取得後の星野さんは、新しいことに次々と挑戦しはじめた。
「合宿免許に行った頃から、キリシタンに興味を持ちはじめて本を読んでいたんです。独学は難しそうなので、慶應大学の学部生向けのキリシタン史の授業を受けたいと思って。大学の卒業証明書を取り寄せたり、どうしてそんなことを学びたいかを書き記した願書を提出したり。そうして1年間、慶應に通って勉強したことで、“勉強もまだできる”と、また自信を持ちました」
キリシタンへの興味から、当時の歴史や文化を知りたくなり、リュートという古楽器の奏法も学びはじめた。リュートは中世からバロック期にかけて、ヨーロッパで使われた撥弦楽器の一種で、日本の琵琶の親戚のような楽器だ。
「16世紀に興味があるけれど、何から手をつけたらいいかわからない、っていうときに、“音楽を切り口にすれば、時代に触れられるかも”とひらめきました。音楽って、時代と結びついているんです。歴史の本を読んでいると、なかなか頭に入ってこなくて、何度も同じところばかり読んでいることが私はあります。ところが、その時代の音楽を知っているとイメージが湧いて、すごくよくわかる」
しかし、なにも自分で楽器を弾かなくても、聴くだけでいいのでは?
「いや、実際に“弾く”という身体性が、すごく大事なんです。私は今は中世のスペインに興味があるんですが、当時作られたリュート曲をYouTubeで探して、自分でも弾いてみると“あれ?”とひっかかる。16世紀後半のルネッサンス期の曲と、中世の曲とでは、あきらかに違う感じがあるんです。音階がどこかアラブっぽいというか……。
スペインとポルトガルがあるイベリア半島も、15世紀まではイスラム教徒が住んでいたわけで。当時の音楽は、われわれがイメージするクラシック音楽とはまったく様相が違うんですね。そんなことがわかると、昔のヨーロッパはボッティチェリの絵画のような世界だけではなく、西洋という概念そのものを疑わないといけないと思ったり」
異国の遠い昔を旅するような、ワクワクする知の探求である。
「それで、資料を探すにしても、言葉がわからないと不便だと思って、2年半前からスペイン語の勉強も始めてしまいました。スペイン国営のセルバンテス文化センター東京へ、週に1回通っています。スペイン語は動詞の活用が難しいんで、活用ノートを自分で作って、電車の中とかで必死に勉強してるんです」
そのかいあって、DELE検定(スペイン語認定証)A2(初級)にも合格。読解、聞き取り、作文、面接の4部門もあるこの検定をパスすることが、スペイン居住の最低条件とされるが、
「別にスペインに住みたいわけでもなく。私の人生には目的とか何もないので。でも、スペイン語がわかってきたら、昔の歌の歌詞を訳せるようになったんです。すると、当時の世相がまたグンとわかってきて、面白くて!」

学びは旅なのだ。目的も終点もない旅を楽しみながら、50代を生きる。なんてみずみずしい人生の選択だろうか。
■Profile
作家・写真家 星野博美さん
ほしのひろみ
作家、写真家。1966年東京都生まれ。2001年、『転がる香港に苔は生えない』(文春文庫)で第32回大宅壮一ノンフィクション賞、'12年、『コンニャク屋漂流記』で第63回読売文学賞受賞。40歳で実家に戻った顛末を書いた『戸越銀座でつかまえて』(朝日文庫)、『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』(文藝春秋)など著書多数。話題の近著『今日はヒョウ柄を着る日』(岩波書店)は、両親と暮らす日々から、“老い”についてユニークに考察したおとな世代にオススメの1冊。
撮影/江森康之

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