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今が一番幸せです! 「74歳の新入社員」物語 [おとなスタイル]

2017年11月18日(土) 10時00分配信

撮影/森本洋輔

一生、自立していたい――そんな願いを実践している女性がいる。古希を迎えてから、心ときめく仕事場に巡り合った西原紀子さん。さまざまな仕事と人生経験を経てたどり着いたのは、光溢れる場所だった。

100歳、大歓迎! だったら、私も

東京・表参道のビルの5階。テラスに面した店内には、春の明るい光が満ちていた。
昨年7月にオープンした「call」は、デザイナー・皆川明氏が手がけるブランド〈ミナ ペルホネン〉のセレクトショップ。「これからはテラスが気持ちいい季節になりますね」と、おっとりと語りかけるのは、開店以来、ここに勤務している西原紀子さんだ。この場所ではじめての春を過ごし、季節は初夏に、そして二度目の夏に向かう。
同ブランドの服とテキスタイル、国内外からセレクトした衣食住にまつわるアイテムを集めた新業態の店「call」は、実は、オープン前から注目を集めていた。それは、昨春に出版されたある雑誌に掲載した、求人広告の文面。

〈年齢は問いません。人生経験豊かな方、心が健康で100歳! 大歓迎です〉

西原さんもまた、このフレーズに感応し、思わず手を挙げたひとりだった。
「もともと皆川さんのものづくりに関心を持っていましたが、書かれているひとことひとことに感激しまして。健康には自信がありましたし、『これは!』と、夢中で応募のお手紙を書きました」
綴られた手紙は、曰く「かなりの大作」になったというが、それが単に歳月の長さだけに由来するのではないということが、西原さんの歩みからわかる。東京に生まれ、生活の隅々にまで美意識を行き渡らせていた母からの薫陶を受けた西原さんは、長じて染織家への道を志した。
「それでも、いつまでも親の世話になっていてはという思いで、織物を細々と続けながら、旅行会社にアルバイトとして入ったんです。お客さまとお話しして旅行のスケジュールを組むという、接客業ですね。仕事の方向性は変わってしまいましたが、やってみたら、これが本当に楽しくて」

20代後半に結婚して東京を離れ、出産。一時は子育てに専念するものの、請われて旅行会社に復職。さらに40代の後半、母との同居で東京へ戻ったのち、知人の勧めで、まったく畑違いのアパレルショップの運営を任されることになる。
「たまたまご縁をいただきましたが、洋服のことはまったく知りませんでしたから、何もかも周りの方々に助けていただいてのことでした。知らないからできたこと、だと思いますね」

仕事人生は、さらに転回する。2年間、ショップの運営に携わったのち、体調を崩した西原さんは、そのときに知った医療用健康食品の会社へ、これまた縁を得て転職、20年間勤務することに。
その間、プライベートでは離婚を経験し、子どもが巣立ってからは母を自宅で介護し、見送った。まさにフル回転で生きてきた70年。
しかし、西原さんは「性格なんでしょうね。『あっ』と思うと、つい、やりたくなるんです」と微笑む。西原さんの世代ならば、まだまだ“女性は家に”という考え方が一般的だったはずだが、その中を、気負いなく、伸びやかに生きている。
「介護が終わったあとには、女子大学の寮の調理補助もしていました。料理が好きでしてね。本当に、ずっと仕事をしていました。結婚して子育てして、離婚して、介護して……それでもまだ自分としては、自立をしていたいという気持ちがすごくあった。ものづくりも好きだったので、専業主婦の方が家で美しいものを作られているのを見聞きして『いいなぁ、時間があって、優雅で』と思うこともありましたが、『仕事をしながらでも、できるかも』とも。欲張りなんでしょうね」

ゼロになることで、日々、成長できる

前向きに生きる、その意欲が、縁を呼び寄せるのだろう。「call」からの呼びかけをキャッチしたのも、そのひとつ。勤務を始めてから、西原さんの日々に、再び新しい風が吹き込まれた。

現在、週4日の勤務で、朝は10時に出勤。清掃や準備をして、11時の開店と同時に訪れるお客さまを迎える。担当するのは、テキスタイルと子ども服、食器などの雑貨と、幅広い商品群だ。
「地方にお住まいの、日本とフランスのハーフのお客さまが、リネンの生地で浴衣を作りたいと言っていらしたことがありました。私は浴衣も縫えるので、必要な生地のサイズを計算して……。数ヵ月後、そのお客さまができた浴衣を持ってきてくださったので、試着室で着付けをして差し上げたんです。それはそれはすてきな仕上がりで、感激しましたね」
手製のお弁当で昼休みをとり、17時に終業。
その後の自由時間には、近隣のギャラリーや書店を覗くことが増えたという。
「とくに、店で作品を取り扱う作家さんの作品展や展示会があるときは、必ず。足を運んで勉強しないと、お客さまに自信を持って商品のことを語れないですから。作家の方から聞いた言葉や、その方の雰囲気、作品に込めた思い……そういうものを、もっともっとお伝えしたくて。
よく動くようになったことで、生活のリズムも整い、以前よりも充実してきました」
住まいは息子夫婦との二世帯住宅だが、暮らしは独立。夕食時には、週1~2回は、近所の友人がやってくる。夕食をとり、本を読んだりして、夜は23時頃には就寝。
5時半か6時には起きて、また、新しい一日を迎える。

あらたな日々を送る中で、心がけるようになったことがあるという。それは「つとめて“ゼロになる”」こと。自分の経験や勘に頼らず、新しいものを取り入れるという精神でいるということだ。
「新しく覚えることもあるので、至らず失敗することもありますよね。それで、自分の経験を前に出すのは、とてもおこがましい、危険なことじゃないかと思うようになったんです。もちろん、すべてを無にすることはできませんが、そう心がけないと、新しいものが入る余地がない。年齢に甘えず、意識して周囲から教わるようにしないと成長できないですからね。最初は葛藤も覚えましたが、今は、それも含めて、すべてを楽しめるようになれました」
経験則に頼らず、新しいものを。そうしているうちに、自身に生まれた変化を最近、発見した。「『聞けている』と、思ったんです。
お客さまにお伝えしたいことを話すだけでなく、相手のお話を聞くことができていると。そうすると、お客さまもご自分のことをよくお話ししてくださるようになって……。そういうコミュニケーションが取れたときには、ああ、私自身も生かされているんだなと感じますね」
生かされて、生きている。そして明日が照らされる。「私、人生の中で今が一番幸せです!」とまっすぐに言う西原さんの目が、まぶしい。
「夢は、『call』に通いながら自宅で小さな店を開くこと。名前も決めているんです。80歳くらいになったら、実現しているかもしれません」

“結婚、子育て、介護。
それでも、個人として自立していたかった。
いつでも、今の私にできることを”
仕事で大切にしていること

撮影/森本洋輔

仕事で大切にしていること

掃除は要領よく、楽しく
開店前、短時間で広い店内を掃除するには「ボヤッとはしていられません」と西原さん。両手にクロスを持ち、手際よく窓を拭いていく様子は見事。豊富な家事歴を感じさせる。

撮影/森本洋輔

職場に花と緑を
庭いじりが好きな西原さんは植物の手入れも担当。出勤前や退勤後に四つ葉のクローバーを探して摘んでくるのは、開店の日からの習慣。店内のどこかにあります。

撮影/森本洋輔

丁寧に、日々、学ぶ
メイン担当はテキスタイルの販売。和裁の知識もあり、カットの手際は抜群だと周囲から評判だが、「経験だけには頼れません。日々、勉強です」と西原さん。丁寧な仕事を重ねる。
職場に起こった変化

撮影/森本洋輔

職場に起こった変化

〈大切なことは自分の人生で紡がれた経験を通してゲストの皆様と心に残る時間を共有してみたいということ。そして何より働くということに日々の喜びを見いだしたいと思う人を募ります〉(「call」求人広告より)
飲食部門を含め、30 ~ 40人が勤務する「call」。20代から80代の全スタッフの中で、西原さんは年齢では上から4番目。しかし、あくまでフラットに教え合い、助け合う関係だ。
「バイタリティーに溢れた“頼れるお姉さん”のような方。こんなふうになりたいなと、いつも思うんです」と、店長の坂口夕香さん(写真中央)。併設されたカフェ「家と庭」スタッフの秋山恵美さん(同右)も、日々、西原さんの存在に励まされているひとり。
■Profile
西原紀子
にしはらのりこ/「call」ショップスタッフ。
1943年東京生まれ。青春時代はテニスに夢中。1男1女を育て上げ、現在は3人の孫の成長を見守る。以前の職場ではスーツを着ることが多かったが、「call」に来て「長い丈の、ゆったりしたお洋服を楽しむようになりました」。訪れるおしゃれなお客さまから、日々、刺激を受けているという。

SHOP DATA
call
〈ミナ ペルホネン〉の洋服とテキスタイルのほか、独自の視点でセレクトされた家具、食器、アクセサリー、食材などが心地よい空間に集う。
住所/東京都港区南青山5-6-23 スパイラル5F

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