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作家・森絵都/人間は誰もが欠損を抱えた『みかづき』 [おとなスタイル]

2017年05月17日(水) 09時00分配信

森絵都さん

児童文学からキャリアをスタートし、2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞を受賞、作家生活はすでに四半世紀を過ぎた森絵都(もり えと)さん。最新刊『みかづき』の出版には手ごたえを感じているそう。物語が生まれた背景にはどんな思いがあったのでしょう。

その年代ごとに書ける作品があるはず

長い物語を書いてみたかった― 物語が生まれたきっかけは、そんな思いひとつだったという。

「単純に、これだけの長さのものは書いたことがなかったんです。戦後の教育の移り変わりや、一代限りでない、何かを受け継いでいく家族の物語を、縦の線で書きたいという気持ちをずっと持っていた中で、あるときふと、『塾なら、いけるかもしれない』と」 そう、最新刊『みかづき』の舞台は、高度成長期の千葉に誕生した学習塾。
その信念の強さから“鉄の女”と称されるシングルマザーの千明と、引きずられるように彼女と運命をともにする元用務員の吾郎を中心に、昭和から平成へ、彼らの子、孫の代へ続く教育一家の年代記からは、ノスタルジーとともに、過ぎた時代の熱が伝わる。

「かつて塾では、個性的な先生が自分にしかできない授業をやろうと燃えていたといいます。国の制度がどう変わろうと、結局、教育というのは個と個のつながりの中で行われるもの。現場で子どもたちと向き合う人たちは、公教育機関でも塾でも、皆が汗を流して一所懸命だったんだと思いますね」

人を育てたい。教育を、世の中を変えたい。熱意を抱く彼らが、決して品行方正、四角四面な人物でないのもまた、物語の魅力のひとつだ。時代の波に揺れる教育。円満でない家庭。完璧でない人間。誰もが、何れもが欠損を抱えた“みかづき”であるということ。

「教育に携わっているからといって、必ずしも聖なる人間であるということはないだろうと(笑)。本来はすごく、人間くさいものだと思いますしね。完璧な人間はいないだろうし、もしいたとしても、小説の登場人物としては面白くない。欠けているくらいが、自然なんじゃないでしょうか」

児童文学からキャリアをスタートし、作家生活はすでに四半世紀を過ぎた。念願の大作の完成に「手ごたえを感じた」という森さん。円熟の世代を見据えて、今、何を思うのだろうか。

「20代なら20代、30代なら30代で、そのときにしかできないことをなるべくやって、経験も積んできたつもりでいます。それを土台に50代、さらにハードなところに突き進めたらいいな、と。その年代にしか書けないというものが絶対にあると思うので……。それを志して、書き続けていきたいです」
“欠けているくらいが  自然で、人間らしい”

集英社

“欠けているくらいが 自然で、人間らしい”

『みかづき』

〈新しい道はいつだって、歩いてみるまで正体が知れないものですよ〉。
戦後勃興期から現代までの日本の教育史と、血脈の中に志を受け継ぐ家族の物語がシンクロし、読後の心の奥底に、静かな光を届ける物語。時代風俗の細やかな描写にも唸らされる。
“ご機嫌”といえばこれ! 森絵都さんがおすすめする本

中公文庫

“ご機嫌”といえばこれ! 森絵都さんがおすすめする本

武田百合子さんの著書。落ち込んだらこれ、と森さん。「スパッと現実を切り取り、恐れずに書く。その爽やかさに救われます」『犬が星見た』は、天真爛漫な筆致のロシア旅行記。
■Profile
森絵都さん[作家]
もりえと
1968年東京都生まれ。’90年、『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。2006年、『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞を受賞。作品に『つきのふね』『カラフル』『DIVE!!』『ラン』『この女』『漁師の愛人』など。

 

 

『おとなスタイル』Vol.6 2017冬号より
撮影/森本洋輔

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