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2007年2月号
photographs: Yoshiaki Toda
styling: Hiromi Hosoda
いたいんだ」
 一度でもそう言われた経験がある人は、その屈辱を忘れはしない。単純に彼になだれかかったり、腕につかまって歩こうとして、「重たいんだ」と言われただけで、女は自殺したくなるのだから。だってそれが愛している女なら、たとえ60キロ分の体重をかけてきても男は重たく感じないのだろうから。
 いや、単に「愛されていないから」じゃない、相思相愛から“片想い”へと空しく形が変わりつつあるから屈辱なのだ。男が自分の意志で抱きあげた女に、重たくなってきたからと不満を言い、どこかに置き去りにしようとする……いちばん辛い展開だ。誰だって、“重たい女”にだけはなりたくないのである。
 なのに、“重たがられる女”は、恋愛するたびに重たがられてしまう。今度こそはと恋をするたびに、重たがられないよう留意して工夫して努力するのに、やっぱり重たがられ、それでも恋愛に対し臆病になることはあんまりなく、次の恋でもまた重たく恋をしてしまうのだ。
 じゃあこういう女たちはどうしたらいいのか?まずはズバリ付き合う男の種類を変えるべき。同じように“重たい男”を選ぶべきなのだ。重たい、軽いは、言うまでもなく恋愛エネルギーの度合いだが、その分泌量は人それぞれ生まれながらに決まっていて、相手によってそう大きく変わるものではない。相手が変わっても、熱い人は熱く相手が誰でも冷めている人には冷めている。付き合いはじめはともかく、一度気持ちが落ち着いてからは、相手に限らずその生まれもってのエネルギー量しか出てこない。そういうものだと思うのだ。
 毎日会いたい人は、毎日会いたい。夜、残業してクタクタでも恋人には会わないと気がすまない。そういう“エネルギッシュな人”がいるかと思えば、一週間に1回以上会う必要はない、月二くらいでも平気という“淡泊な人”もいる。それは、ほぼ“生まれつきの体質みたいなもの”なのだ。
 だから、週一で充分すぎる男にとって、毎日会いたい女は、それだけで“重たい女”。重たがられる原因はほとんんどそれなのである。
 でもこの恋愛エネルギー、仕事のパワーや生きていく上での生命力と、カテゴリーは同じ、人間のもつ基本的な“馬力”のひとつであり、持っていて恥ずかしいものでは断じてない。「重たいんだ」と言われると、言われた方が程度の低い女というイメージになってしまうが、人間としての力量はこっちが上かもしれないんだから、何も卑下することはない。だから自分よりはるかにエネルギーのない男を選んでしまう、そこの過ちだけはしっかりと正しておくこと。
 だいたいが小説や映画で、“重たくない女”が主役になるケースなどないはず。少なくとも恋愛映画のヒロインは、みんな重たい。そこにすべてのドラマが生まれるからである。
 そう、“重たがられる女"は、重たいのじゃない。人に熱いだけなのだ。だから薄い低温男に疎んじられるなんて、立場が逆。「重たい」と言われて、へこむ必要はない。重たくて結構、「あなたこそ、なんて薄くて軽いの?」と言ってあげればいい。そして、毎日毎日たとえ10分間でも恋人に会おうとする熱い男を探しに行くこと。
 本来が、“重たい女”は、女としていい女。人に熱く、想いが強く、生き方も熱い。だから一緒に生きていくと、どう転んでも充実した人生が送れてしまう女……男たちはそこにもっと気づくべきなのだ。ところが、せっかく“毎日でも恋人と会いたい男”と守備よく出会えたとしても、そういう相手にも“重たがられてしまう女”っている。"重たい男”にも“重たがられる女"、それは、頭の中が恋愛オンリーになってしまう女。
 一時的に恋愛オンリーになるのはお互い様だが、いつまでたっても恋愛オンリーだと、相手はだんだんコワくなる。女はいくら重たがられてもいいが、コワがられてはいけないのである。
 そもそもこういう恋愛だらけの女って、結婚してしまったら、今度は何をするのかと心配される。
恋愛以外することがなさそうな女に見られるから、"重たい男”にも拒まれてしまうのだ。“重たい女”の魅力って、要は何でもかんでも一生懸命にやることだと思う。仕事も、何かの趣味も、家のことも、家族のことも、友だち付き合いもそして生きること全般……すべてにおいて一生懸命だから、当然のこととして恋愛にも一生懸命、人間それがひとつの理想なのだと思う。
 でも360度は無理なら、せめて“人”が関わるものだけに一生懸命になる、そういう女でいたい。もちろん恋愛と人付き合いだけじゃない。家族のことも、また“仕事”も、人との関わりだから一生懸命にやる、女はひとまずそういう女になっておきたいのである。そういう意味で、女は全員“重たい女”になっておくべきなのである。  言いかえれば、そういう意味で“重たい女”にならなきゃ、女は幸せになれない。人に対して淡泊で、そのぶん、“自分のこと”と“自分を高みにもっていくこと”だけに熱い女は、恋愛において"重たがられること”はないだろう。でもどこかで空しいものを感じる一瞬があるかもしれない。深い孤独を感じる一瞬間があるかもしれない。だから重たくていい、重たいくらいでちょうどいい。
“重たい男”と重たく生きていく、そこに幸せがあるような気がするけれど、どうだろう。
column.1
重たがられる女は、
相手を喜ばせようと
してはいけない
 男に重たがられる女は、ある共通した特徴を持っている。
 まず、彼女たちがついついやってしまいがちなのが、“家庭的なこと”のアピール。彼の部屋の合い鍵を使って、頼まれもしない部屋の掃除を済ませていたり、手づくりのお弁当を毎朝届けたり。これらは“家庭的アピールの最たるもの”だが、タイミングよくおこなえばもちろん男を感動させることもある。タイミングを外すとどっぷり重たがられ、不快感さえ与えてしまうだろう。
 じゃあ彼女たちはなぜタイミングを外すのか? 答えは簡単、ズバリ自己中心だからである。自分のアピールばかりで、そこには相手がいない。相手の立場に立たないから、タイミングをことごとく外し、だから相手の心に何も響かない。相手を喜ばせるどころか拒まれる。しかし彼女たちもちゃんと相手を喜ばせているつもりでいるのだろう。しかし、実際は相手を喜ばせるより、自分がほめてもらいたい一心だって、そこに気づいていないだけなのだ。
 喜ばせることと、ほめられることとは違う。そして重たがられる女は、ほめられようとするのはおろか、喜ばせようとしてもいけない。喜ばそうとするから、存在が重くなるからだ。むしろ相手が何を望んでいるの
か? それだけをひたすら考えよう。そうすれば正しいタイミングが見えてくるはずだから。

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