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2006年9月号
2_03.gifところであなたはもう、咲いているだろうか。、すでに咲き終わって“もうしぼんでいる”という人、まだ“つぼみの状態”という人、“ずっと咲きっぱなし”という人だって、もちろんいるのだろう。
花として咲いたり散ったりするのは、何も女優やモデルやセレブやアーティストや実業家ばかりじゃない。女は全員が咲いたり散ったりする花……という自覚を新たにすると見えてくる、自分という花の開花状況。今まで見てきたとおり、女の開花時期に決まりはなく、人それぞれだからこそ、今ここでもう一度自分を見つめ直してみてほしいのだ。
問題は咲いているつもりが咲いていない女。“つぼみ”のまま枯れてしまう女。結局、咲かずに終わってしまう人もいることを、ちゃんと知っておくべきだ。そう人生には案外多い、“いつかいつか”と思っていてもその“いつか”が来ないうちに終わってしまうこと。いつか英会話をマスターしよう。いつかヤセよう。いつか幸せになろう……そういう“いつか”は、それこそ“いつかいつか”と先送りにしているうちに、やってこないままになってしまいがち。
“日々に追われている”から、そして“いつかね”と自分に言い聞かせることで安心してしまうから、いつまでも遂行されずに日々が流れていってしまう。そのうちいろんな事情が変わってくるから、“落ちついたらね”とか“これが片づいたらね”などと無意識のうちに自分に言い訳をし、また先のばしにする。そういうふうにいろんないつかを先のばしにしていることって、たぶん誰にでもあると思う。
そして“いつか”と思うことでいちばん漠然としているのが“女として咲くこと”なのかもしれない。そもそもが何をもって咲いたというのか?
女優は人気商売で、支持を得て脚光を浴びることが仕事だから、開花の時が明快だ。けれど私たち一般人は何をもって咲くというのか?
もちろん仕事で成功したり、良い結婚ができたりすることは、女として“咲くこと”になるだろう。でももっと当たりまえに、女として周囲に愛されることこそ、本当の意味で“女が花開くこと”になるのじゃないだろうか。男にも女にも、ともかくみんなに好感をもたれる女性って、明らかに咲いている。だからオフィスなんかでも、見るからに咲いている人と、咲かないまんまの人がいるのが一目瞭然、なのである。
そういう意味で“咲いている女”のひとつの目印はと言えば、やっぱり表情の華だろうか。
部屋に入ってきた瞬間、あるいは出会った瞬間、まさに電気をつけたみたいに周囲の空気を明るくしてしまうどこまでも明快な笑顔になれること。不思議だけれどつくった笑顔ではぜったいに電気はつかないし、急に差し出された花束のように相手を喜ばせたりはできない。少なくともその笑顔にはあらゆる邪念がないはずだ。あるとウソになる。心の中がポジティブばっかりだった時、そしてそこにいる相手に対してわずかな悪意もなかった時。善意ばっかりだった時の笑顔にしか、照明を明るくするようなスイッチはないのである。
ちょっと回りくどくなるけれど、咲いている女がそういう善意オンリーの笑顔がつくれるのはなぜかと言えば、やっぱりそれって幸せだからなのじゃないか。誰かにきちんと愛されているからじゃないのか。幸せだと他人に親切にできるのはきっとみんな体験的に知っているはずだけど、そういう時に自然に出てくるのが善意の笑顔であり、咲いている女の目印なのだ。
ただし、もともと悪意の多い人がいくら幸せになったって、そういう“善意の華”は咲かない。やっぱり本来が善意の人でないと幸せも優しさを生まないのである。とすれば、心に悪意が住んでいる人は、一生咲かない?
そもそも“キラキラしてる”とか“輝いている”とかそういう明度の高いくもりのない美しさを放てるのも、基本的に善意の人だけ。善意の人と悪意の人にはそのくらいの差がつかなきゃ逆に変。“内面の美しさ”が大事大事って言うけれど、要は内面の差ってそこに出るのである。
講演などでたくさんの人の前に立った経験のある人は、みんな感じるという。明らかに咲いている人と咲いていない人がいること。そこに100人いてもバッチリと花開いているのは、10人いるかいないか。いくつかの花だけが大輪の花を咲かせてこちらを見ていると感じるのだ。それも、美しいから目立っているのとは少し違う。こちらに魂を向け、本気で聞いてくれている人だけが咲いて見えるのである。
それもある種の善意だろう。どんな場面であれ人が関わる場面では、きちんと相手に集中できる人、相手の話をちゃんと聞いていて、心臓ごと相手に集中している人だけが咲いて見える。ちゃんと華のある存在に見えるのである。したがって、咲いているつもりでも咲いていない人、それは結局、自分にしか関心のない女なのである。
全身の合計が数千万円のオシャレをしても、咲けてない女がいる。それが世の中のおもしろいところ。女はみんな花。でもつぼみのまましおれていく花もあるって忘れずに。本人は咲いているつもりでも誰もうっとりさせない花もあるって、忘れないで。
column.1
女は、結婚式の日に
開花するという
説について
 人生で最良の日、生涯でいちばん美しい日……。結婚式の日、ウェディングドレスを着た女には、いつもそんなキャッチがつけられる。
それを目にするたび、必ず思ってしまうのは、最良の日もいいけれど、最良の日がこんなに早く来ちゃったら、この先の人生どうするの? 生涯でいちばん美しい日って、じゃあこの先もうこれ以上キレイになれないってこと? 女は結婚式にあらゆるピークをもってきてしまうけど、それでは結婚式が終わってしまった瞬間から激しい虚脱感に襲われるだろう。ともかく“いちばん美しい日の自分”を封印し、過去の栄光にするにはその先の人生が長すぎる。
だったらこう考えてみるのはどうだろう。女は結婚式に咲く。女はともかくその日に開花すると考えれば、“最良の日”ととらえてもつじつまが合うし、つぼみがふくらんで開花した瞬間がいちばん美しくてもおかしくない。しかも人生は花開いてからが本番、とすればすべて納得がいく。
もっとシンプルに言えば“女は人に愛されることで花開く花”。別に結婚しなくてもいい。愛されているという実感だけで女はちゃんと咲くのだが、野の花としてひっそり咲くのじゃなく、見事にアレンジされた観賞用の花になってみんなに「キレイ、キレイ」と言ってもらうために結婚式があると考えれば、もっとつじつまが合うはずだ。一度開花させたら自らを決して枯らさない、それが既婚者の心得!
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