もちろん結婚せずに大成功をおさめた女性はいくらでもいるが、そういう人が100カラットの宝石をつけていても、決して“欲ばりな女”とは言われない。やはり女にはまず“妻となり母となり・・・・・・”という前置きがつかないと、巨万の富を築いても、“掴み取る女”とはならないのである。
さああなたは、掴み取る女になれるだろうか。“大前提”の目的を冷静に果たせるだろうか。掴み取る女は、情よりも欲をとる。いや、それはそれで人間らしくてまた“けなげ”だが、でもついつい恋愛してしまうって、それはそれでステキ。欲より情に走ってしまう。それはまたいかにもいかにも人間らしい。女としてそちらもまた応援したい気になってしまう。少なくとも掴みもしない、恋もしない、何もせずにイライラしながら生きている女より、ステキだ。
ちなみに、掴み取れない女は、たぶんますます“情”を求める生き方を選んでいくのだろう。簡単に結婚した女は“情”というものを軽く見る傾向にあるが、すんなり結婚できなかった女は、“情”をますます重く見る。二人の女は、まったく異なる価値観をもって生きていくだろう。どちらがいいのかは、最後までわからない。ただ人間最後は、富や名声より情がいちばん有難いと思うのは間違いないのだが・・・・・・ |
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掴み取る女のルーツは オーディションに あった |
自分は、“掴み取る女”なのか? そういう自己診断をするなら、まずはこの質問。「あなたは今までオーディションみたいなものに応募したことがありますか?」
掴み取る女はたぶん子供の頃から掴み取る女で、何かにつけて“注目される自分”や“獲得する自分”をイメージしてきたはずである。そのひとつの現われが、タレント発掘からナレコン、読者モデルまであらゆるオーディションへの応募。実際に、オーディションの場に自分を立たせてしまう、それはもう立派な掴み取る女である。
たぶん女の子は自分がちょっとでも可愛いという自覚をもっていれば、どこかでスカウトされたりして・・・・・・と想像をめぐらす時期が必ずあるのだろうが、現実にオーディションにまで出かけていくかどうか、その行動力と自信の有無に、掴めるか掴めないかの違いが出てしまう。
掴める女は、そもそも自己愛が強いタイプと言える。自分を大切に扱い、自分をこの世で埋もれさせないひとかどの立場にもっていきたい、そういう願いが人より強い。つまりだから、結婚に向けても、自分がボロ切れのようになってしまう恋愛なんてぜったいしない。だって自分がかわいそうだもの。“自己愛”こそが、掴み取る女の源泉。自分を大切にできない女は、ちょっと掴み取る女の爪のアカでも煎じて飲むべきなのかもしれない。
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