ところが、ある時期から彼女はパッタリと捨てなくなった。おそらくは自分の基本スタイルを見つけたからなのだろう。自分にとって正しい生活スタイルの扉を開けるカギ。それを見つけるために、いろんなものを惜しげもなく捨ててきた。そのカギ穴にピッタリ合うカギが見つかるまで、このカギは違う、このカギも違った、これも違う、これもこれも・・・・・・と、次々カギを試しては、合わないカギは捨ててきた。そして、誰よりも早く目指すカギを見つけてその扉を開け、ようやく腰を落ちつけて、日常生活をゆったり歩み始めたのである。そしてまたたく間に自分の人生を形づくってしまった。何という手際の良さ!
多くの人はとてもやみくもに人生を歩いている。今の仕事が自分にとっていいのか、今の相手が自分にとってベストなのか、よくわからないままに日々を過ごしてしまっている。だから“今”をグズグズと捨てられない。でも彼女だってわからないからこそ、いろんな自分を試して、いろんな自分を捨てて、面倒がらずに動いたから自分にとってベストなものが人より早く見えてきたのだ。
人生がうまく先に運ばないことに関して、「私って運のない女」とか「自分に自信がもてなくて」とか、みんないろいろ言うけれど、たぶん本当はすべてが面倒なだけなのだ。それに気づかないと、人生はいつまでも曖昧なままだし、自分の日常が期限切れのモノでいっぱいになってしまいかねない。面倒がらずに不要なものを捨てる、すると新しい風が一斉に吹きこんでくる。そして新しい道が一気にひらけるだろう。そうやって日々を新陳代謝させてほしい。それが自分の基本スタイルを早々に見つけて無駄のない人生を歩んでいく、たったひとつのコツかもしれないのだから。 |
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捨てられない女は、 まず何から捨てる べきなのか? |
いつかまた着るかもしれない・・・・・・そう思って、取っておいた20年前の服を、ついこの間本当に着た。歴史は繰り返し、ファッションは繰り返すと言われるが、まさに流行がすっかり一巡したことで、捨てなかったプッチ柄の服を、もう一度着ることができたのである。
しかし、そうやって捨てずに取っておいた服で、本当にもう一度着られたのは、あとにも先にも、その一着だけ。つまり、いつか着るかもしれないと思った服は、基本的に一度も着ないで終わる、そう言い切ってしまってもいい。「いつかね」という約束は、守られないことになっているのである。
服だけじゃない、靴もバッグも、“いつか”と思って少しでも奥のほうにしまったら二度と身につけない。私たちは生きていて、時間は刻々と流れているからである。その時点で、少しでも古くさく見える形は、来年はもっと古くなっている。だから一巡するまでは、ぜったい身につけないのである。
いつか使うと思っている袋や箱やリボンも、実際には使うかもしれないが、思い切って捨てた時点で数分後にはもうその存在が記憶の中から消えている。だからあとでもったいないことをしたと後悔することは絶対にないはず。さあどうだろう。今使わないものは、すべて捨てるもの、そう思うと、もう清々しい空気が一斉になだれこんでくるはずである。
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