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“いいひと女”の 結婚を占う |
中学校あたりの同窓会に出たら、ちょっとチェックしてみてほしい。14、15歳の頃はとっても美人に見えた同級生が、まったく冴えない大人になっていたとしよう。
その人、ひょっとしたら“とてもいいひと”なんじゃないだろうか?“いいひと”すぎるくらい・・・・・・。
“いいひと”すぎると、素材がよくてもキレイになれないのは、なぜなのか。これはもう、答えは明快。女として無欲だからである。幸せになりたいとか、玉の輿にのりたいとか、得をしたいとか、女としての欲をあんまり持っていないから、キレイも貪欲につかもうとしない。だからキレイが不発に終わったりしがちなのである。
じゃあ結婚面において“いいひと”はどう作用するのだろう。まず“いいひと”すぎると結婚に対する欲も他の女より少ないから、うっかりチャンスをのがしそうだが、こと結婚においては、その欲のなさが逆に功を奏し、結婚相手はわりに早く現れちゃったりして。しかも当然のことながら、一途。二股かけてちゃっかり遊ぼうなんてあまり考えないし、「もっといい男を待とう」という打算もないから、早く手を打ち、わりに早婚になるという計算。
だいたいが、まともな男なら結婚ばかりはなるべく“いいひと”な女としたいと思うわけで、“いいひと”になるのを忘れて、結婚相手をさがしまくる女は、だから結果としてチャンスをのがす?
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そういう意味では今、よくよく“心の時代”。その気になれば誰でもキレイになれて、誰でも力を発揮できるからこそ、差がつくのは人格、気持ちの正しさ。
さて、あなたは“いいひと”だろうか? まわりの誰かがあなたのことを「あの人、“いいひと”だよね」と言っているだろうか? いろんな意味で、人の評価が厳しくなっている今、“いいひと”って呼ばれるのは、そう簡単なことじゃない。何があっても言葉をあらげない、いつもにこやかで穏やかで、何かにつけて、人に優しい言葉をかける。いかにも人がよさそうじゃなきゃ“いいひと”とまでは言われない。“いいひと”の基準も以前より厳しくなっていて、ただ意地悪じゃなきゃ、ひとまず“いいひと”でくくってしまうような、生やさしい時代じゃないのだ。おそらく、女も野心を持つ時代。一見愛想がよさそうでも、じつはおなかの中が複雑な人が増え、それを見抜く人も増えてきたからこそ、なまじのことじゃ人を“いいひと”と認めない。個性と個性のぶつかり合う中では“いいひと”もとても希少な個性となってきたのである。
だから、何らか成し遂げたいなら、明確に“いいひと”をやってほしい。いつも目立ってにこやか、何があっても言葉をあらげない、それだけでいい。その上で、仕事に美容に自分磨きを頑張ってみる。今の時代、記憶に残る女になる方法はこれしかないのである。 |