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2004年3月号
photographs: Yoshiaki Toda
styling: Hiromi Hosoda
生きているのがイヤになる時人が生きていたくなくなる時、必ず体が疲れている。だから人の命を救うのは、最終的に体力だ。積極的に死にたいとは全然思っていないけれど、いつの間にか生きていることへの意欲を失っていること、20代30代の女性にもけっこうあるのかもしれない。たとえば仮に天変地異がおそってきても、別にいいやと思えてしまう、別に思い残すこともないしと思ってしまう、そういうふうに終われるのなら、いっそ楽かもくらいに思ってしまう、ともかく生きることへの執着が一時的にでもなくなっている状態。
 残念ながら、日本の若い女性は、“自殺率”が世界一なのだそうである。日本の中年男性の自殺が増えているのは、世情を反映してのことだが、若い女性の自殺率が高いのは、何か日本人の宿命的な心の弱さを物語っているような気がする。本当に希望をもてない、夢をあまり見られない国になってしまったのは事実だが、それ以上に日本人は心が脆弱な上に、バカになれないところがある。ただあっけらかんと毎日をすごせない、何らかの答えを出さないといけないと思うような生真面目なところがあるからこそ、生きていくことをやめてしまおうというところまで、自分を追いつめてしまいがちなのである。
 生きているのがイヤになる・・・・・・たとえば、不意に絶望感に襲われたり、いつの間にか心が無力感でいっぱいだったり、明日など来なければいいのにという厭世的な思いが押しよせてきたり、そのスタイルはさまざまだが、ただそういう時、人はどうすればいいか、どう考えればいいか、の答えは共通。その時必要なのは、移動と愛と体力だ。
 まず、生きていたくないのは、すべて終了させたいのではなく、本音を言えば緊急で人生をリセットさせたいにすぎない。人間けっこうちゃっかりしていて、昔の文学者のように哲学的な意味で自分という存在を抹殺させたいのではない限り、条件が変わりさえすれば、生きてしまおうかと思うはず。だから“移動”なのである。
 会社を変わったら自殺願望はぴたりととまり、人が変わったように積極的になったという人の話を聞いたことがある。転職、引っ越し、そして留学、男と別れてひとりになる・・・・・・なんでもいい、ともかく自分の立ち位置を一気に変えてみる。そういうエネルギーがあるかどうかという問題もあるけれど、死ぬのも、逆から言えばかなりのエネルギーを消耗すること。死にたい人も断末魔的に最後の力をふりしぼれば、自分の居場所を動かせるはず。ジッと動かないから自分を取りまく空気がよどみ、息苦しく、不快になるのであり、その空気を一気に入れ替えるようなことができれば、人はもっと生きたいと思うはずなのだ。
 一方、こういう時に決定的に欠落しているのが愛である。恋愛の真っ最中に、生きているのがイヤになることはまずないし、犬を飼っているだけでも、人はあまり死にたくならない。
 子供がいたりすればなおさらだけども、自分を必要としている人が一人でもいることに気づけば、それはとても大きな生きる意味になる。だからたまに親と向き合ってみる。実家に帰る、我がままを言う、何かをプレゼントする、何でもいい。親と自分の関係を見直すだけで、生きていることが心地よくなる瞬間を見つけられるはずだから。
column.1
日本の女はなぜ
死にたがる?

 日本の若い女性の“自殺率”が世界一だという話、簡単には聞き流せない。一体なぜなのかを、もうちょっと突っこんで考えてみようと思う。
 ある調査はアメリカ人などに比べ、日本人はほとんど遺伝的に物事を後ろ向きに考えるという、性格的な共通点をもっていると伝えた。
 確かに私たちは韓国人や中国人に比べても、気が小さく“お人好し”で、しかも物事をクヨクヨ考える性格であること、何となく感じていた。一方で日本人は、危険なことに自らチャレンジしようという冒険心をもつ人の割合も、アメリカ人などに比べて極端に少ないのだとか。
 2つの傾向を重ね合わせると、やっぱり“島国”というキーワードが浮かんでしまう。他の国と地続きだと、すぐに攻められるから、いつも心を強くもち闘争心もギラギラでなくてはいけないが、日本は“大海”という一応のサクに囲まれて、曖昧な安全の中で生きてきた分、少し臆病で世間知らず。だから敗戦したとも言えるのだが、意識調査などを行うと日本人は先進国の中でもいちばん自分に自信がなく、それは逆に敗戦が大きな要因となった気がする。ともかくそういう地理的な事情から、日本人は基本的に気が小さく、自信がなく、だから逆境に立ち向かっていく力が不足しがち・・・・・・なのである。でもあくまで統計上、そういう人が多いという調査結果。やっぱり日本人って、ダメなんだ・・・・・・と肩を落としたら意味がない、なおのこと心を強くもって!
 そしてもうひとつ、死なないために必要なのが、体力だ。生きるのがイヤになると、全身の力が抜けていき、ほとんど病人のようになるが、しかしその時にムダな体力があまっていると、心はふさぎこんでいるのに、自然に体が起きあがって、自然に前に進もうとしている自分に気づいたりするだろう。顔は悲しい顔をしているのに、ふと気づくと心の中はあんまり悲しくない。心身がそういうアンバランスに陥るのだ。そして、いつの間にか生きてしまっている。体力はいわばラクダのコブに蓄えられた水みたいに、ふつうなら生きられない砂漠でも生きていける生命力となるのである。体力はだから大切なんである。
 そもそも、妙に悲しくなって、生きていたくなくなる時、人は必ず体が疲れている。疲れているのに回復力もなく、また新たなダメージをはねつける抵抗力もない。だから心身がとことん疲弊し、それが衝動的な悲しみとなってどっと押しよせ、意味なくワーワー泣いてしまうような瞬間を呼びこむのである。
 彼にふられて、とぼとぼ歩いている時に小石につまずいて転んでしまう。何倍も悲しくなる。まわりに人がいて充分恥ずかしいのに、誰かがそんな自分を笑ったような気がして、また何倍も悲しくなるみたいな・・・・・・。だから悲しい時に自分を救ってくれるのは体力だけ。何ごともなかったように立ちあがってスタスタ歩いていける体力だけなのである。
 人はいつ、生きるのがイヤになるかわからない。イザという時あわてないために、いつでも移動できるフットワークの軽さと、愛する人または愛される人、そして何より体力を備えていてほしい。

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