とても若くして大成功をおさめた女性のアーティストや女優が、“できちゃった婚”も含め、とても早く結婚するケースがよく見られるが、これは成功によって、一瞬目指すものを思い切り見失い、どこへ向かって歩いていっていいかわからずに、ひどく不安になるからなんじゃないかという説がある。でもそこで、結婚出産も一度に済ませてしまったら、よほど強い意志をもっていかないと、次に目指すテーマを本当に見失いかねない。
そう考えると、“やり残しつづけること”が、力強く生きる糧。どんどんやり残していいのである。あまり早く成功しすぎたり、あまり早く人生のピークを迎えてはいけないのである。
このままじゃ死ねない。死に切れない。私の人生まったく未完成。何もできあがっていない。まるでまとまりがない・・・・・・それでいい。それくらいが輝きながら生きるコツなのである。 |
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“物欲”がなくなった時 女は生きる意欲を失う? |
“生きていくのがイヤになる”のとはまったくレベルが異なるものの、生きてはいくけれど、何だか終わっちゃった感じ・・・・・・この先、30代40代でふとそういう心境に至ることがあるかもしれない。
一概には言えないけれども、女性の場合は“物欲が消えた時”にそういう心境になりやすい。つまり、もうあんまり欲しいものはない、“何が欲しい?”と人に聞かれても、コレと言って欲しいものはないことに気づく時、ああ私、もういつ死んでも悔いはないかもと同時にそう思うものなのである。
ついこの間まで、いつかぜったいエルメスのバーキンを手に入れてやると思っていたのに、カルティエのタンクフランセーズもぜったい欲しいと思っていたのに。そういう物質欲は、女にとって立派な“生きる動機”となり力強い生命力となりうるのだ。だからそういう物欲がなくなると同時に、女は生きる目的も少し見失ってしまったような気がする。
でも物欲がなくなることは、同時に人として“次の次元”に進むことを意味する。つまり、物欲ではなく、精神的な充足を求める精神性が生まれたことの証。一時的に生きたいという強い動機を見失うかもしれないが、きっとまた再び、生きる意欲が生まれるだろう。きっと間もなく“次の生きがい”が生まれるはずなのだ。
物から心へ、その切りかえにおいて、女は自分の心の中で“生きる意味”をも書きかえるのである。
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