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2004年2月号
社会人としてバランスのいい女ほど、恋愛別人格ー疎まれる女になりやすい。最近とても強く感じるのは、女の人の進化。もちろん美貌もプロポーションもひと通り進化したが、いちばんめざましいのが、社会人としての進化・・・・・・。
 昔、意地の悪い女はもっともっと意地悪だったし、我がままな女はもっともっと我がままだった。特に仕事場においてそれは顕著。たとえば、昔のモデルには、モデルというだけで我ままが許されると思っているモデルがそれなりの数いて、「あと何カット? 3カットもあるの? 早く帰ってごはんあげなきゃ、うちの猫ちゃん死んじゃう」なんて、駄々をこねたモデルがいた。今どきそんな我がままを言ったら、次は仕事がないだろう。モデルという仕事も、ひとつの仕事として成熟してきて、モデルだから女としてエライなんて、誰も思わなくなってきたのに加え、女性ひとりひとりが“仕事をするとはどういうことか?”を学び、責任感をもつようになってきた。だから我がままなモデルはほぼ絶滅したのだ。会社の同僚の間でも、昔はもっと露骨ないがみ合いもあったはず。それが緩和されたのは、やはり仕事する人間としての自覚が養われてきたことと、もっと単純に、女たちが社会人として進化したからだと思うのだ。
 そう、社会において女は驚くほど進化した。ところが反比例するように、恋愛において女は逆に人として後退しているように思えてならない。だから確信はないけれど、10年前20年前よりむしろ増えているかもしれない、男に疎まれる女が・・・・・・。
 まず、疎まれる女は、なぜ疎まれるのか? 恋愛の七不思議として、“性悪な女”が男に疎まれるわけではない。同性には全方位に嫌われていても、異性には深く愛されてしまう女が少なくないということなのだ。異性に断ち切られてしまう女は、早い話がバランスの悪い女。好きになりすぎる、しつこくなる、相手の望んでいないことをする、逆に素直になれない、嫌いなふりをする・・・・・・。
疎まれる女  そこにはもちろん、単純に人の心が読めないためにやりすぎてしまう女もいるが、案外多いのが、社会生活ではじつによくバランスの取れた躾のある女性なのに、こと恋愛に関してだけ、頭が悪くなり、客観性がなくなり、冷静な判断力を失い、バランスをくずすタイプ。それだけでなく相手の心が離れていきそうになれば、たちまち理性を失い、ひどく図々しくなったり凶暴になったりしてしまう。恋愛においてだけ、人が変わるのだ。おそらくイイ女なのに“恋愛がヘタ”な女の多くはこのタイプ。恋愛にハマると、もうひとりの自分が登場してきて、せっかくの恋愛をコワしていってしまう、軽い二重人格とも言うべき体質。
 恋愛すると人が変わる、恋愛になると別人格・・・・・・そうなる原因はと言えば、ひとつは男を絶対視していながらも、女としてのプライドが非常に高いこと。だから社会的には優秀な女性が多くなるのだ。つまり男を絶対に必要としているのに、男に対しては素直になれない、その矛盾で軽い破たんを起こしているわけなのだ。
 まず、父親がとても厳しかったとか、いつも父親不在だったとか・・・・・・あるいはまた、子供の頃からよくモテたのに、手痛い恋愛をして、女としての自信が宙ぶらりんになってしまったとか・・・・・・恋愛別人格は、子供の頃からの体験や環境によって育まれてきてしまったものであることが多い。だから疎まれる女は、まずそういう自分を自覚することから始めるべきだ。自分が望んだわけではないのに、恋愛別人格になってしまった女であると・・・・・・。しかし深刻がることはない。恋愛における自分だけをコントロールすればよいのだから。恋愛においてのみ顔を出す幼稚な自分を、意識して大人に導いていけばいいのだから。
column.1
疎まれる女は、
要するに男選びを
間違ってる

 セクシーで美人なのに、恋愛にいつも苦労している女は、もう根本的に男選びを間違っちゃっているんじゃないか・・・・・・そういう仮説をたててみた。
 そういう女が特に間違えがちなポイントは、恋愛に費やす時間が、自分と全然違う男ばかりを選んでしまうこと。つまり、自分は毎日毎日彼と会っていたいタイプ、ちょっとでも時間があったら恋人と会うのがスジでしょうと思っているタイプ・・・・・・。なのにこういう女が、彼女と会うのは週に一〜二回で充分という男を選んでしまったとしたらどうだろう。
 とても単純に、会いたいサイクルが合わない。会いたいテンションが全然合わない。これって、一見どーにでもなることのように思えるが、じつはいちばんどーにもならない厄介な問題で、気持ちのズレを生み、誤解を生み、不満や嫌気を呼ぶのはすべてこの“デートに費やす時間”に対する観念の違い、なんである。恋人のためにどのくらいの時間を費やすか・・・・・・これはほとんど生涯変わらない体質として、人それぞれ違うと考えてよく、その体質上の相性がいいかどうかは、恋愛における絶対の相性と考えてよい。
 だから少々勇気がいるが、「あなたは彼女とどのくらいのサイクルで会うのが主義の人?」って、付き合う前に聞いてみる。毎日会いたい人は、毎日会いたい男をさがす、それ以外に幸せになる方法なし。
 人は中途半端に色気づいてくると、性別をひどく重要に考え、いろんな判断を誤るものだが、“恋愛別人格”の女性も、その頃の未熟さを未だもっていると言っていい。性別を意識しすぎる未熟さがあるから、男を“人”と見られない。男を“男”として考えすぎ、ある意味では、男を大きな存在に考えすぎる。「男など、どうってことない存在」とか「いい男なんか、ひとりもいない」なんてうそぶいていながら、“男は絶対”と思っている。そのどちらも改めてほしいのだ。つまり、こういう人はとにもかくにも意識して、男と女という性別をハズして、男を“人”を見る練習をすべきなのだと思う。
 男を“人”として見る。すると自分も“女”である前に“人”になる。
 男は女にとって、大切な存在だが偉大な存在ではない。そして、女は仮に男に捨てられても、致命的な傷にはぜんぜんならないし、ましてや何ら恥ではない。相性が悪かっただけ。縁がなかっただけ。何てことはない、そこを間違えないでほしいのだ。
 男に疎まれる女、断ち切られる女は、男という存在につぶされてはいけない。同時に自分を男から守り抜いてもいけない。もっと楽に、もっとラフに、男は単に、自分より髪が短いだけの人間、そう思うと、恋愛はがぜんうまくいく。疎まれる女は一転、それに気づけば、男にとって最高のいい女となるに決まっているのだから。
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