たとえばタレントのオーディションなんかの場面で、もうタレントになりたくてなりたくて悲壮感さえ出してしまっている女の子を選ぶ審査員はいない。「ちょっと自分を試したくて」とか「若いうちに一回タレントってものをやってみたくて」ぐらいの軽いノリの子が選ばれることは、現実に少なくない。結婚のチャンスを待つ時も同様の軽い気持ちでいる方が、チャンスはやって来やすいわけである。
そしてまた、周囲に「私、結婚したいの」と言って回るのはやっぱり少し抵抗があるけれど「私、一度は結婚してみたいの」となら、少しも悪びれずに言って回れる。人に平気で言えることは、コンプレックスにはならないが、人に言えないことはやがて必ずコンプレックスになっていく。結婚願望がやがて、コンプレックスのような心のしこりになってしまうなんて、本当にバカげているが。
かくしてただの結婚願望で、自分を悲壮感漂う、コンプレックスの固まりのような暗い女にしてしまわないためにも、結婚は「一度してみたいなー」くらいのものと捉えた方がいいのである。
ついこの間も「私ね、結婚って一回はしてみようと思ってるんだ・・・・・・」と、ポロッと言った30代半ばの女性がいた。何だか力が抜けててぜんぜん無理してなくって、でも女としてのカワイさもあふれてて、すっごくいいなと思ったもの。どうだろう。あなたの結婚願望も、本当は“一度はしてみよう”くらいのものなんじゃないか。いや、そう思っていた方がずっとずっと楽でいられるし、いろんなことがうまく行く。人生でいちばん大切なことなのに、“一度試してみたい”くらいの気持ちでいた方がいいなんて、何だか変だけれど、結婚ってじつはそういうものなのかもしれない。 |
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「一度は着てみたい」 花嫁姿の呪いが 解ける日・・・・・・。 |
“結婚したい”“どうしてもしたい”“早くしたい”という、前のめりな結婚願望の中には、何だかんだ言っても大なり小なり“花嫁姿への憧れ”が含まれている。しかし、結婚願望=花嫁願望であるなど、誰もが隠しておきたいし、「ともかくああいうものが、似合ううちに結婚しときたいの」なんて、やっぱり大声では言えない。それを言えないことが、これまた女の結婚願望を少々屈折したものにしているのである。
ところが不思議なもので、「一度は結婚してみたい」というふうに、肩の力が抜けてきた人は、何と言うか、長い間の熱が冷めたようにもう花嫁姿に執着はしていない。「一度はあれを着てみたい」なんていうふうにはぜんぜん思っていないのである。
つまり、花嫁姿になることも含め、“結婚式をすること”そのものへのこだわりがあるうちは、結婚願望の前のめり現象はおさまらず、“その日”への執着がふと解けた時に、急に正常で冷静で、バランスのとれた普通の願望になるという傾向があるようなのだ。まさに結婚願望は、花嫁姿への呪縛。早く解いてしまいたい。
女の結婚願望は、この花嫁姿の呪縛のみならず、同僚、友人の結婚、親がかけてくるプレッシャー、出産への義務感など、いろんなものによってたかって、歪まされている。そういうものがふっとほどけてきた時こそ、女の結婚適齢期・・・・・・そういうことなのかもしれない。
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