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| 人を疲れさせる男 |
相手の心の動きや、相手のコンディションをまったく見ずに、自分勝手に話をすすめるのは、人を疲れさせる男も、人を疲れさせる女も一緒だが、女の方はどちらかと言うと、現状への不満やら、今の自分が置かれている立場やら、恋愛のこと、夫婦のこと、子供がいれば子供のこと、というふうに、明るい話も暗い話も今の現実に関しての内容がほとんど。一方、男の場合は、ホントかいな?というような、かつて自分が遭遇した出来事の話が多かったりする。ま、言ってみれば“手柄話”が多いわけだ。
これは遺伝的に言っても、男女の性差をよく表していて、大昔から女は家を守っていたから、視野が狭くて良きにつけ悪しきにつけ身近でナマっぽい話が多くなる。昔の男は獲物を追って原野を走り回っていたから、今日逃がした獲物はこーんなに大きかったと、実際の三倍くらいの話をしてしまうという習性があり、それがどうしても手柄話になってしまうというわけ。しかし今どきの男は、外でアカの他人と喧嘩するみたいな荒っぽいことはしないから、この“逃がした獲物話”を好むDNAはやがて消えていくのだろう。さむいギャグを言ったりするオヤジも、外で起きたすごいことを家族に伝えてその場を沸かせたいというDNAの名残と思えばなおカワイイ。話の大きな男ほど男性ホルモン旺盛ってことだろうか。
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一方、話す内容が人の悪口、不平不満、将来への悲観に解決しようのない悩みと、すべてがネガティブな話ばかりの相手だと、自分は聞き役でもまるでストレスを体内に注入されているよう。イヤな疲労が心身を重くし、ほとんどその場でフリーラジカルが発生してしまう。でも逆に、話がポジティブすぎる相手でも、人は悪い疲れをためる。そういう元気すぎる女に限って、話しているうちにますます元気を増していくが、それも会話の相手から吸いとった生気なのだろう。
そしてまた、“私はこんなにスゴイ!”“私はこんなに恵まれている!”という自慢は、もちろん人を疲れさせる。サバサバしていることが自慢の口の悪い女も、笑顔で人をチクチク傷つけ弱らせる。一方、モノの考え方がグズグズしている女も、人をイラつかせるし、人の言ったことをいちいち違うと否定する女も、人をぐったりさせる・・・・・・と、人を疲れさせる女のタイプは枚挙にいとまなし。
いずれにしても、相手を見ているようで、じつは見ていない人間が世の中きっと多いのだろう。自分がした話で、相手が何を感じ何を思うのか、また相手は楽しんでいるのか、つまらないのか、ちょっとでも不快感をもったりしていないか、そして疲れていないか、もっと言えば、相手がちゃんと食べたか飲んだか、暑くないか、寒くないか・・・・・・それをワンフレーズしゃべるごとに、確認しつづけていないと、会話は相手を疲れさせることになる。会話とはそのくらいデリケートなものなのである。
鈍感な女は、人を疲れさせ、人の寿命を縮める。たとえ意地悪でなくても、最終的に人に愛されない。孤独を自ら呼びこんでしまう。気づかぬうちに・・・・・・。だから女は、自分は人を疲れさせていないか、どうしても確認しておかなければいけないのである。 |