しかしその前に、あなたの周囲にもいるはずだ、話すことの半分は文句、文句をわざわざ見つけて文句を言う人が。たぶん文句は、クセになりやすく、中毒になりやすいのだ。文句をつけようと思えば、電車が混むのも歩道が狭いのも、上司が自分を評価しないのも、またその上司の顔がアブラぎっているのも、何でも文句の対象となる。そこにハマリこんでしまった人は今、少なくない。パーティに呼ばれれば、つまんないパーティだったわねと文句をつけ、呼ばれなければなぜ呼ばないと文句をつける、そうなるともう辛い。そういう人は、気が強いのでも我がままなのでもなく、ストレスがひどくたまっているために物を見る目が曲がってしまった人。いや、見る目が曲がるのも、元はと言えば文句を言うのがクセになった結果。だから文句はコワイのだ。まして文句のための文句は、もともと改善されないことがほとんどだから、せめて自分が言う文句に、 “正義感”と“改善の余地”、そのふたつがあるのかどうか、それをいつも確認してほしい。言うだけムダな文句、自分のための文句は、自分のイメージを汚すだけ。そう、基本的に文句を言わない、100 %正義感から出た文句だけをちゃんと選んで言う人は、人間が清潔に見える。物を見る目に曲がりがないから清潔に見える。実際、日ごろから文句の少ない人って誰の目にも美しいイメージにうつっているはずなのだ。自分のイメージを浄化するなら、自分の言う文句の質を見直してみるに限るのかもしれない。そして、“文句の目立つ人”“文句中毒の人”にだけは決してならないように……。
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イザという時、
文句の言えない男よ、
さようなら! |
女が男に“幻滅”する時……究極は、チーマーにからまれて、急にへーこらしたり、情けない逃げ方をした時なんだけど、もちろんケンカもしてほしくないし、ましてや殴られる彼は見たくない。だから方法は、結局それしかないのだけれど、イザという時、“男らしさ”を確認できなかった女は、みんなちょっとガッカリするものなんである。
ただそういう場面に遭遇するカップルはよほど運が悪いとしか言えない。もっとずっと“ありがち”で、しかも同じくらい幻滅に値するのは、イザという時に、文句の言えない男。
たとえば、二人で行ったレストラン、予約もちゃんとしてたのに、落ちつかない悪い席に通されそうになったら、「もう少しいい席はないですか?」と、ダメもとで聞いてほしかったりするのが、女心。注文がなかなか来ない時、最初は紳士的に、それでも来なかったら、ちょっと怒ったふりをして、文句をつけてほしいのが女心。まあ、よくあることながら、そういうところでおとなしくされてしまうと、この人って!と思う。文句のセンスはぜったい持っていてほしいのだ。もちろん禁煙の場所でタバコを吸っている人に、ここは禁煙ですよと言うくらいの勇気は欲しいけど、何せ物騒な世の中。最低限の文句は言える、それは男選びの重要なポイント。結婚して、女がいちばん悲しいのは、勇気も正義感もない夫を見る時だろうから。
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