もちろん、幸せになりたくない女など、ひとりもいない。みんな同じだけ、幸せになりたいと思っている。でも、他人との関わり合いをできるだけ円滑に行い、バランスのいい社会人として生きようとする女は、知らず知らず優先順位として“自分の幸せ”を後ろにまわしてしまうから、恋人とぶつかることが多くなり、結婚を逃がす。もっと欲ばりで身勝手なら、他人より恋人を大事にできるのに……。
ただ、世間という目でもって、いろんなタイプの女たちをながめれば、やっぱり恋人とぶつかりながら、社会で他人とぶつからない、親兄弟ともぶつからない“内弁慶の女”の方が素敵に見えてしまうのは確か。「いいじゃない? 人はどうだって。自分の幸せを最優先すれば……」という意見はもちろん多いし、それはそれでありだと思う。しかし、“なまじ人として正しい”とは、“自分を優先すること”がどうしてもできないという意味。なまじっか、正しい人間性は、何がなんでも自分の欲を通していくことができないからこそ、恋で泣くことも多くなるのである。
だから、内弁慶なために結婚できない女は、とても素敵。そこでこういう女たちの耳に入れておきたいのは、ある既婚女性のこんな言葉。「外では人に気をつかいまくって、世間的には私、“いい人”って呼ばれてるけど、夫に対しては少しも“いい人”じゃない。でも、私がメチャクチャ言っても、怒るでもなく言い返すでもなく聞いてくれる穏やかな夫だから、結婚もできたし、離婚にも至らない。彼も私が自分以外の人にはちゃんと優しくできる女だから、仕方ないと言っている。むしろそういう女で良かったって言ってくれている。内弁慶な女をあえて選ぶ男ってちゃんといるんです」……大丈夫。内弁慶な女だって、幸せをつかむ方法はいくらでもある。 |
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いちばん結婚しちゃ
いけないのは、永遠に、
内弁慶の男である |
女の“内弁慶”はよくて、男の内弁慶はいけないなんて、ヘンじゃない? と言うかもしれないが、外へ出たら控えめでも、夫の手綱はしっかり締めておくのが、日本の正しい女という価値観がベースにあるから、女の内弁慶はありなのだ。でも内弁慶の性別はもともと男。説明するまでもなく、家では威張っているのに、一歩外へ出ると小っちゃくなっている、しょうもない男を指し、勇気のない男は男としてサイテーで、気の小さい男ほど、家に帰ると威張りちらすという現実を指摘している。女の内弁慶とは、大きく意味合いが変わってくる。
だから、内弁慶な男とはやっぱり決して結婚すべきではない。外で小心、家で偉そうにする男ぐらい、夫として使えないものもなく、出世もせず、家の手伝いもせず、だいたいがウソつきだから困りもの。ただこういう男ほど、つき合っている時は妙にご立派に見えてしまったりするから、私たち女は気をつけなければならない。“男は、最低でも内弁慶でなければいい”くらいの気持ちで、内弁慶度をチェックしておくべきである。最近は、内弁慶もできず、家でも小っちゃくなっている男が急増しているが、内弁慶のように“男”をひけらかさない分だけマシ。
外で強気、こわいもんなしで、そのぶん身内には優しい男は、外でバランスよく誰にでも優しい内弁慶な女と、きっといい家庭を築き、夫婦ともども繁栄することだろう。
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