 |
|
天然の外面の良さは、
女を老けさせない |
いつもニコニコしていて、誰にでも感じよく接する外面の良さは、とりあえず女の財産であると言っていい。誰にでもニコニコできる八方美人を非難する女は、そういう外面の良さをもちえなかった自分の運命をうらめしく思っているだけ。女は天性の八方美人である方が、誰が見たって得なのである。
しかも天然の外面の良さは、30代以降、意外なところで役に立つ。
外面とは文字通り、外に向けた顔のことで、他人に対し反射的に“いい顔”を作ってしまう性分の女は、外面など気にしない女より、必ず若くいられる。少なくとも、人と面と向かうとまるでスイッチが入ってしまったように顔の筋肉に緊張を走らせ、外向けの顔になることは顔の筋肉をいつまでも衰えさせず、40代で5歳分、50代60代で10歳分くらいのリフトアップ効果につながると考えてもいいからだ。電話を取る時も第一声の「もしもし」が一オクターブくらい高いのは、女だけの外面。とっさに自分を、若く上品で機嫌のいい女に見せようとする意識が、まさにスイッチが入ったように、高く澄みきった華やかな声を出させるわけだが、この反射神経が、オバさんに首までつかった自分をハッと我に返らせる。その見えない警告が日常的に行われている限り、女は完全なるオバさんになりきらずにすむのだ。実際「もしもし」が一オクターブ高い人は、いつまでも若々しい。外面は極めて重要な美容なんである。 |
|
|
少なくとも今、陰で悪いことをやっていると必ずバレる時代。外務省疑惑から始まって、ムネオ疑惑もマキコ疑惑も一気に表ざたになり、雪印も日本ハムも、外面の良い会社の悪事はみんなバレ始めている。しかしそれも、政治家や一流企業レベルでの話ではすまされない気がするのだ。
ここにひとつの法則が見えてくる。表面だけを取りつくろっている人を今の世の中、もうあんまり相手にしなくなっているが、表面だけを取りつくろい、しかも世に出ていこうとする人を世の中は許さないという構図。“出る杭は打たれる”は、世の常だけれども、その杭がちょっとでもニセくさいと、もう完膚なきまでに打ちのめされるという法則ができあがりつつあるわけだ。
だから今こう思う。ただ外面がいいのはいい。人に対して感じがいいとか、誰とも争わないとか、誰にでも優しいとか、そういう外面の良さはいい。でもその外面を利用して人より前に出ようとするのは、許されない。その外面を利用して、何かを狙っても失敗する時代なのだ。だから“計算のある外面”はもう無駄である。人と会うと思わずニコニコしてしまう、天然の外面だけで生きていくべきだ。
そしてむしろこれからは、陰でコツコツ頑張る人の方が結果的に勝つ時代のような気がしてきた。現代人は少なくとも人を見る目だけはいい。人がどんなズルをやっているか、人が陰でどんな努力をしているか、そういうものを見極める視力はすこぶるいい。だから私たちも世間を侮ってはいけない。世間さまはきっちり見ている……のである。 |