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“決断できる女”には、 神がついてる |
ここでは“ピンとくる”という言葉を使ったが、“決断できる女”が何かを決断する時、ハッとしたり、ビクッときたり、ズンと心臓が鳴ったり、そういう理屈を超えた“瞬時の自覚”が必ずあるという。“ピンとくる”はその表現のひとつにすぎないが、“決断する女”と“グズグズする女”の決定的な違いは何かと言え ば、明らかにそういう“一瞬の閃き”のような自覚があるかないか、その違いなのである。
それを感じるためには、まず自分自身を知っていることが条件だけれども、アッと思いたち、大きな決断をするためには、やはり“感受性”に似た感情の瞬発力みたいなものがぜったい不可欠だ。いわゆる感動体質の人の方が、大きな決断ができると言われるのも、そのため。家を一軒買うみたいな大それた買いものだって、じつは靴一足買うのと同じように、“ピンとくる感性”が人を押し出すのである。
つまり、感動体質の方がそういう意味でも、人生がおもしろい。“石橋をたたいても渡らない”みたいなことを自慢にしている人の人生は、危なげないかもしれないが当たらない。
一方に、“決断する女”には良い守護霊がついているのだなんていう説もあるが、閃きは神がくれるもの……であるなら、それもうなずける。
どちらにしても決断とは、そのくらい理屈抜きのもの。だから誰にでもできるものなのである。
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でも、“グズグズする女”にもハッキリ2種類あって、悩んで迷って、結局いつもやめてしまう女と、“2つのうちどちらにするか”だけを明確に悩んで迷って、必ずどちらかを選択する女と。つまり、3着試着して、何だかよくわからなくなっちゃって決断を逃げてしまう女と、2着にしぼってどちらがいいかと考えて、必ずどちらかを買う女とがいるってこと。結局やめてしまう女は、たぶん自分が何に迷っているかすらもわからない、だから迷った時間だけ無駄になり、あとに何も残らない。つまり人生も常に同じ場所で足踏みするだけになる。しかし、二者択一で迷う女は、赤と黒どちらにしようか、パンツとスカートどちらにしようかと、迷う基準を明確にして迷うから、仮にその決断が“失敗”に終わっても、“正解”は何であったかを明確に知る。同じことで二度と失敗しないだろう。赤か黒のどちらが自分をキレイに見せるだろうと、前向きに悩むからいいのだ。会社を辞める辞めないも、「辞めて新しく出直すか」「辞めずにここでもっと頑張るか」あくまでも前向きな二者択一を悩むならいい。そこに「辞めないでここでガマンする」という、後ろ向きの選択肢を入れてきてしまうから、ダメなのだ。“彼と別れるか別れないか”と“今の会社を辞めるか辞めないか”の二者択一をごっちゃにして考えるのも自分が一体何に迷っているのか、わからなくなるからダメ。
だから、グズグズしてもいい。試着してもいい。でもどっちに転んでも自分を前に進めるために、すべてに前向きな二者択一にしてほしい! そう心がけるだけで、あなたはいやでも“決断する女”になっている。 |