じゃあ女はなぜふられるか? 女の方がふられよう、嫌われようとしてしまうからである。
女は“相手がつねに自分を愛していること”に執拗にこだわる生き物。自分が望んでいるようには、相手が自分を愛してくれていないことを許せなくなったり、耐えられなくなったりする生き物と言っていい。そこで、男の方の気持ちが少しでも冷めたことを知ると、なぜ? どうして? 私のどこがいけないの? あなたの身に何が起こったの? と直接または間接的にとことん追求してしまう。ついでに、ひねくれた女になったり暗い女になったり、重い女になったりしてしまう。それでも自分の望む愛情が戻ってこないと、今度はしつこい女になるわけだ。その結果たぶん男は、嫌いになるのではなく、“面倒に”なるのである。恋愛に関してはなんだかんだと言っても、女より男の方が面倒くさがり。最初は面倒になるだけなのだ。しかしそこで、女は思う。“白黒ハッキリさせてほしい”。さあさあ、どっちなの? 私を好き? それとも嫌い? そう迫るのだ。いよいよ面倒になり、また窮地に立たされた男は、ある意味しぶしぶ女を嫌いになるのである。
これは“男が浮気した時”に限らない。男の仕事が忙しくなった時も、女はやっぱりこう言う。「私と仕事と、どっちが大事? さあさあどっち?私を好きなの? それとも嫌いなの?」
こういう場合こそに、男はどうにもならないから、仕事を面倒にはなれないし、恋愛を面倒くさがるようになる。すると女は、いよいよ白黒ハッキリさせたがり、ふられるように事を運んでいったりするものなのだ。別れた時、後を引くのは男の方とよく言うけれど、それも男は一度好きになった女をそうそう嫌いにはならないからで、仮に“ふった”のが男の方でも、よほどのことがなければ、男はその女をいつまでも引きずるのである。
女は“結婚”という目的をもっていることもあり、男に対してどちらかと言えばオール・オワ・ナッシング。しかし男の愛は、100度から1度まで小刻みに温度を変えはするが、0度になってしまうことは本当に希。白黒ハッキリさせたくなったら、男が面倒がる前に男に残っている愛情の体温を測ってみよう。10度でも5度でも残っていたら、その温もりで体を温めて、じっと待つしかない時もある。男を愛してるなら、女にも冬眠が必要なのである。 |

男はなぜ、女をとことん嫌えないのか?
動物たちを見ているとよくわかる。オスとメスがいると、オスがメスに近づいていき、メスもその時期になると一応媚びを売ったりするものの、求愛するのはだいたいオスの方。メスにすれば、イヤなものはイヤ。お付き合いで、受け入れたりはしない。そういう動物たちを見ていると、男性はやっぱり基本的に女性全般を求めていて、誰と結ばれるかを決めるのは女性……ってことなのではないかと。お見合いTV企画や、“嫁さがし”的パーティ企画などでも、システムとしては男が申し出て、女がイエス・ノーを言うみたいな形をとる。女が申し出て、男が思い切りノーを言っちゃうとマズイという配慮からだろうが、なぜ男がノーと言っちゃマズイのか、考えてみれば不思議である。たぶんそこに、男は本来女を拒否しない生き物という地球の掟があるからなのではないか。
人間の男は女を選り好みするが、一度選んだ女性は、よほどのことがない限り、嫌いにならないのはやっぱり男の動物的本能なのだろう。女は一度好きになった男に対しても、のちに“生理的嫌悪感”をよく感じたりするけれど、男の方は、女がいくら年をとっても、太ってしまっても、めったには生理的嫌悪までには至らない気がする。
それも神さまが男に与えた義務なのかもしれない。一般的に女には一度に2人の男は愛せないし、男には一度関わった女は一生愛しなさいという。それで世の中何となく丸くおさまるから不思議である。
|
|
|