じつは、大人社会でも子供社会と同じように、みんなあえて口に出して言わないが、フタを開けてみればみな“同じ女性”を好きだったりする。わかりやすく言うと、たとえば各局の女子アナ。何かと話題になるタイプではないから、名前がなかなか覚えられなかったりするのだけれども、誰かが「あのアナいいね」と言うと、「私も前からそう思ってた」「私も」「私も」と、結局みんな同じアナに“密かな好意”を抱いていたことがわかる。たとえば、テレ朝の徳永有美アナウンサーやCXのなっちゃんこと、小島奈津子アナウンサー。すでに退社した、八木亜希子さん(CX)や雨宮塔子さん(TBS)も、そういうタイプ。好意の“一致”には単に“いい人そう”“性格良さそう”では終わらない何かがありそうだ。この4人に共通するもの……それはいかにも“年下体質”でありながら、“心は大人”ってこと。アナウンサーというのは、ふつうは宿命的に大人に見える。知的で容姿端麗、声としゃべりに品があれば、女は誰だって歳より老けて見えるもの。それでニュースでも読めば、歳より10歳上に見えてもおかしくない。ところがあの人たちは、逆になぜか年下に見える。ニュースを読んでもそう見える。この人たちを見ていると、ちょっとした表情や声や言葉の置き方に、人としての“素直さ”がにじみ出る。だからそれに人は“年下”を感じてしまうのだ。
しかし、幼さとも違う。女が年下っぽくふるまおうとする時、わざと幼さを装ったり、甘ったるい物言いをしたりするけれど、そういう意味ではもちろんない。少なくともこの人たちは、幼くはない。なぜなら、心はたぶんかなり大人っぽい。いわゆる人間的にオトナ、精神的なバランスがよくとれたオトナ……に見えるのだ。にもかかわらず、年下体質。言い替えればこの人たちは、“よくできた後輩体質”とでも言おうか。ただ穏やかなのとも、ただ優しいのとも違う。まさに“人間がよくできた後輩”――。これほど人にとって心地よい存在はなく、口に出して「あの子、大好き!」とは言わないまでも、心の中にいつの間にか住みついてしまう。そういう女性こそ、大人社会では誰からも“好かれる女性”になりうるのではないだろうか。
好かれようとしても好かれない、誰からも好かれようとすれば、かえって姑息な“八方美人”に見える。好かれることが難しいのは、一見後輩、中身はオトナ……この少々ややこしいバランスがあってこそ、だからなのである。 |

徳永有美アナウンサーにハマる女たち。
ウチワの話で申し訳ないが、“私たち”の間で、今ちょっとした話題なのが、テレ朝の徳永有美アナウンサー。ひとりずっと「イイ、イイ」と思っていたが、友人たちに何となくそれを打ち明けたら、そこにいる全員が、身をのり出して、「私も」「私も」の大合唱。男も女も、全員一致。そもそも、何となくみんなに“好かれてしまう女”について書きたいと思ったのは、この時だった。
今は、キラキラ系のアナが美を競う時代ではもうないらしいが、この人は見るたびに美しくなる。それを見ている私たちが、何だか自分のことのようにうれしく思ってしまうのは、まさに年下体質。しかし、美しくなっていくことが少しも嫌味じゃなく気負いもまったく見えないところにこの人の“心の大人っぽさ”があると思う。
その感じ、そのバランス、わかってもらえるだろうか。身近にも、きっとそういうバランスをもった女性がいるはずだ。いや、何となく“あの人、いいな”と気になっている女性、このタイプなのではなかろうか。こうした好意には、“安心と憧れ”、両方がなくてはならない。年下、後輩体質に、私たちは安心を覚え、逆に心の大人っぽさに、無意識の憧れを抱くに違いない。子供の頃、“静かな大人っぽさ”をもっていた子に心惹かれるのも、自分を主張しないところに安心を、大人っぽさに憧れを抱いていたからに他ならないのだ。
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