新着Newsコスメデータベーステクニック事典 ベストコスメ美界コラム美人食・エンタメ特典・プレゼントVOCE今月号
TOP美界コラム齋藤薫の美容自身 > 2001年5月
id id
id
id
2001年5月号
“仕事運”は悪くて当然

仕事運を左右するのは、紛れもなく、髪型である。

 女の髪型は、もう笑ってしまうくらいわかりやすく、正直な女の履歴書となっている。学生時代、どのくらい遊んでいたか、どのくらい勉強してきたか、その仕事にどのくらい意欲を燃やしているのか、残業はどのくらいしそうか、センスはどのくらいあって、知性はどのくらいあるのか、そしてよけいなことだが、男性経験はどのくらいあるのか? まで。女は髪ではウソがつけないものらしい。
 そして、表面的に“仕事運”がいいのは、センターパートよりサイドパート、パーマヘアよりストレート、ちなみにシャギーは“×”っていう説もある。
 たぶん仕事という場面では髪の有様が“心の中”をそのまま現わしているように見えてしまうからなのだろう。単純に、まっすぐな髪はまっすぐな心に見え、サイドパートはキッパリした心に見えたりするらしいのだ。
 しかしこんな見方もある。くっちゃくちゃのモード系みたいな髪で就職して、めっちゃくちゃに仕事ができたら、そのギャップでその人はとんでもなく“有能な女”としての評価を得てしまうだろう。そうやって、髪の履歴書で意外性を出すのが、その後の“仕事運”を良くするための荒技と言えなくもない。
 いずれにせよ、良くても悪くても自分で運を切りひらける最高の手段が、髪であることに間違いはない。
成功した人、勝負に勝った人、頑張りつづけている人に、「やめたいと思ったことは?」と聞くと、10人が9人までは、「何度も何度もやめたいと思った」と言う。たとえばマラソン選手あたりで、「やめたいと思ったことは一度もない。もう走ることが楽しくて楽しくて仕方がない」などと言ってはばからないのは、やっぱり高橋尚子くらいなのだろう。でも、皮肉なことにそう言いながらニコニコ金メダルを取ってしまうと、「練習してんの?」とか「太った?」とか、他人から言われたくないことをマスコミにさんざん言われ、ひょっとしたら生まれて初めて「やめたい」と思っちゃったかもしれない。それなりの天下を取って、「やめたい」と思ったことがなさそうなのは、やっぱり森首相くらいなものなのだろう。いや、苦労して天下をとった、頑張った人は多かれ少なかれ「やめたい」と思ったことがある。もっと言えば、そういう仕事を選んだことを後悔したことがあるのだろう。中途半端に頑張っちゃったあとだと、もうもったいなくて辞められないから、自分の“仕事運”をうらむことになるかもしれない。
「私、仕事運悪いのかなあ?」と言った友だちがいる。「なにゼータク言ってんのよ」と私は腹が立った。彼女はスチュワーデス。若い頃からさすがにハブリがよく、周囲からチヤホヤされ、結婚しても子供が2人できても辞めずに、それなりの“高給”を取っている。学生時代、一緒に遊びほうけていた私にしてみれば、にくたらしいほど恵まれていて、まったくホントに仕事運のいいヤツ……と思ったもの。そもそも、“仕事運が悪い”っていうのは、自分の思うような仕事にめぐり合えなくて、転々としちゃうとか、あるいは就く仕事就く仕事、給料、仕事量、人間関係、どれも最悪でボロボロになってしまうことを言うのではないのか?
 でも彼女はこう言った。「エッ、仕事運ってそういうことなの? ひとつの仕事で終わっちゃうことなんじゃないの?」
 なるほど、そういう見方もあるのかと、あきれながらも少し感心してしまう。確かに、ひとつの仕事で生涯終わってしまうのは、他の仕事を何ひとつ知らずに終わるという運の悪さがある。
 だいたいが彼女は、乗客にいじめられたとか、先輩にしかられたとか、若い頃はよく泣いていて、辞める辞めると何度も言ってた。でも辞めなかったのは、仕事がスチュワーデスだったからだろう。仕事が辞めさせてくれなかったのだ。
 20歳くらいで、何も知らないうちに、“初めての人”と結婚しちゃった女性が、30を越したくらいで自分の運命をうらんだりするようなもので、すでに勤続20年にもなる彼女は、自分の仕事の運命をどこかうらんでいたのである。この道ひと筋は、何の仕事であれ立派である。でもひと筋しか知らない空しさや悔しさっていうものもあるのかもしれない。
“運”は自分で切りひらくべきものであるとも言われる。でも、仕事によっては、また中途半端に続けてしまった場合は、運を切りひらくチャンスを与えられないこともあるわけだ。次々に仕事を変え、“仕事が続かないヤツ”と言われながらも新しい仕事で自分を試していけるのは、逆を言えば“仕事運のいい女”。フリーターなんて可能性しかないから、もっとも仕事運のいい女。
 たぶん“仕事運”などは存在しないのである。何か都合の悪いことを“仕事運”のせいにするくらいにしか、“仕事運”なんて使いみちはないのだ。ちなみに就職試験に落ちるのは、“仕事運”じゃない。大学入試は運もあるが、就職は運じゃなく、縁。縁がないだけのこと。“社会”にはあまり運が通用しないことだけは、確かなのである。

Back
Back NUmber Index
footer