でも、本当の聞き上手は疲れない。いや、いちいち疲れてたら、やってられない。聞くことを楽しめてこその“聞き上手”であるからだ。
“その人”と会うといつも幸せな気持ちになる……あなたにもそんな友達が一人はいると思う。私にもいる。一緒に会話していて心地よく、会話を終えた時の“後味”がじつにいい人が……。“その人”と会ったあと、こちらはたっぷりしゃべった満足感はあるが、ひとりでしゃべりすぎてしまったという後悔は不思議にない。明らかに自分のほうがいっぱいしゃべっているのに、少しもアンバランスな感じがしないのだ。なぜだかわかるだろうか?その人は自分の話を、ただ聞いていることはしない。“相づち”も打つが、相づちが2度続いたら、次は質問。相づち2に質問1のペースで、ガンガン新しい質問をハサみこんでくる。だからこちらも、つまらないことをくどくど繰り返しているなんてヒマはなく、必死で質問の答えをさがし、それに答えていく。だから、話がドンドン前に進み、気がつけば会話自体がじつに実りあるものになっていたりする。何よりもネガティブな内容でも会話の最後はいつも心が前向きになっている。いや、“その人”にいつの間にか前を向かされているのだ。だから相談を持ちかけたわけでもないのに、最後に「ありがとう」って言いたくなる。“悩み”を打ち明けたつもりはないのに、なぜか最後には励まされている。あとで考えれば“その人”は相手に勝手にしゃべらせたりはしない。むしろ自分が会話の流れを作り、会話をしきってたわけだ。まるで優秀なインタビュアーみたい。まさに、聞き上手の聞き上手たる由縁である。
“聞き上手”とは、耳で聞くのではなく、口で聞くのが上手な人。“その人”たちが疲れないのは、相手の言葉を引き出し、相手の心をコントロールし、最後には相手を幸せにしてあげてるという、極上の達成感があるからかもしれない。人の話を聞くのが苦痛と思ったら、耳ではなく口で聞いてみよう。ストレスはたまらず、今まで感じたことのない快感があるはずだから。 |

“質問”は人を癒すとれも高度なテクニック
“聞き上手”は“質問上手”と言ったけれども、じゃあ“質問上手” とは、どんな質問ができる人を言うのだろう。質問には、単に真実を暴く質問もあるが、ここで言う質問とは相手に話しやすくなってもらうための質問。当然のことながら相手が話したい話を予測して質問することが必要になる。たとえhば世の“人生相談”も、それに答える人が本心どうしたいのかをあらかじめ読んで、それに反しないよう相手の心を沈めていくのがひとつの方法である。まさに相手のための答え。それも、人が誰かに何かを相談するときは、すでに自分がこうしたいという方法は見えていて、ただ相手に「それでいいのよ」と言ってほしいだけ。つまり癒されたにだけなのだ。
人づき合いにおける“質問“もひとつの癒し。相手の心を読みながら、相手が望んでいた通りのほう向へ話しを進めていく立派な癒しに他ならない。つまり、質問上手は相手が望む質問をしてあげられる人にことを言うのである。
物が見えている、人の心が読める……たぶん人づき合いにおいて、これ以上大切なことはないのだろう。人の話しを聞くとどっと疲れるという相づちを打つだけの聞き手は、きっと相手の心を見ようとしないから疲れるのだ。外国映画を内容を見ないで、字幕だけ追っていれば、目と頭が疲労してくるのと同じ。相手に入り込み、相手の心を読もうとすると、不思議に疲れなくなる。人の心に入り込むことで自分自身も癒されていくからに違いない。
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