
“無口な女”が美しく見える、もうひとつの理由
「あなたって、しゃべらなければ美しい人なのにねェ」という表現がある。こう言われた人は、一応「失礼ネ」とか言いながらも、悪い気はしない。言うほうも相手がわりに気持ちよくなれるのを知っているはずだ。しかしこれは何も、手のつけられない“おしゃべり女”だけに使われるわけではなく、ごく普通に冷静にしゃべる女性に対してもよく使われる。つまり、女がしゃべること=美しさが減ることを意味していなくもないわけだ。
昔の女は口紅で唇を実際より小さく描いた上に、着物のたもとやせんすで口もとを隠して生きていた。口はもともと“はしたなきもの”であり、口数の多さは醜さだったことを意味している。日本にはたぶんまだその名残りがあって、おしゃべりは女の美しさを半減させるという美意識が、心のどこかに残っていると見るべきなのだろう。
だから、しゃべってはいけないと言っているのではもちろんない。しかし今でも、せっかく作ったキレイを一瞬でブチこわしにするのは、いつも“おしゃべりの質”であることを、あらためて肝に銘じておきたい。「“口汚い言葉”を吐くたび女の体からキレイがいくつも羽根を広げて飛びたってしまうのよ。会話の相手にはそれがハッキリ見えるのよ」と言ったのは、高校の古文の美人教師。今になってその意味の重みがわかってきたような気がするのである。
|
|
んな女性がタイプ?と聞くと男の多くは「明るい子」と答える。女が「やさしい人」と答えるのと同じで、それは彼らにとって、“大前提”みたいなものなのだろう。ただここで言う“明るさ”とは、一般的な明るさとは少し違う気がする。私たち女性は、“明るい子”はよくおしゃべりする元気な子であると考える。しかし男たちが言っている“明るい子”はそれほどぺちゃくちゃおしゃべりしない。しかもいわゆる元気ピチピチではない。どちらかと言えば、ホワンとした女の子らしさややさしいムードを持つ女性を指すのではないかと思うのだ。
「あの子って、いいよね」「いい、いい。なんか存在感あるよね」「おまえ、行けよ」「エッ?いいの」 何人かの男性がそう噂していた“あの子”は女性がいっぱいいるオフィスのスタッフのひとり。女性から見て、いわゆるフェロモンは感じないし、ひとり目立つ華やかなタイプでもない。どちらかと言えば、私たち女性が見落としてしまいそうな物静かなタイプ。男たちがまさか存在感を持ち出してくるとは思わなかった。しかし数名の男性は、驚いたことにみな“あの子狙い”。じゃあ、他の女性はどんなタイプだったかと言えば、わりにみな個性的。それなりにみんなお洒落で華やかで、しかもよくおしゃべりする“明るい子”。だから“あの子”はその中じゃいちばんおとなしく、存在感はうすかった。
|