何でも彼女は、部屋が散らかるのが何よりキライで、以前は“出した物をその場でしまうこと”を心がけていたのだという。なるほどこれは正しい習慣。しかしそのうち、散らかることを恐れて、物を引っぱり出すことをしなくなる。物を出さなきゃ、ぜったい部屋は散らからないわよと彼女は言った。確かに彼女は自分の部屋の中で、本当に最低限のことしかしない。お料理もしなければ、メイクもしない。たぶん物を片づけないといけない行為を極力しなくなってしまったのだろう。散らかることを恐れるあまり……。
この時私は気づいたのだ。だからあらかじめ片づいた部屋にいても何も生まれない。散らかったことへの後ろめたさもなければ、それを片づけた時の喜びもないからだ。散らかってしまうのはいいのだ。たとえば一週間ぶりにお部屋をお掃除し終えた時の、激しい快感を思い出してみてほしい。大きく深呼吸しながら、ぐるりとお部屋を見渡して、私って幸せかもしれないなんて、ひとときの悦楽にひたったりする。あの爽やかな高揚感、あれは他のものでは味わえない。汚い部屋を片づけることが女をキレイにするのである。
たぶん片づけは神さまが女に与えた美の修業。人が生活すれば、部屋は散らかる。生活が充実しているほど散らかりやすいし、女はオシャレなほど外出前の部屋はゴチャゴチャになりやすい。しかしそれに大いに後ろめたさを感じることは美に対する激しい欲求をかき立てる。従って片づけた時の喜びはそのまま美容の達成感となり、散らかし片づけ、散らかし片づけを繰り返すうちに、女は鏡の前では作れないキレイを手に入れることができるのだ。だから大いに散らかそう。そして、キレイのために片づけよう。私もしつこく“片づけは美容の第一歩”と訴え続けることにしよう。
編みぐるみ、うさぎ/オ・タン・ジャディス 中央のくま、ランプ/フェアリーテール |

そもそもなぜ、部屋が汚いとブスになるのか?
女の肌は、私たちが考えている以上に鋭い感受性を持っている。フワフワしたやわらかいものに触れると肌も安心して落ちついたバランスを示すが、ゴツゴツした不快なものに触れると、言わば総気立つように、ストレスを形にする。そのくらい、肌の触覚はナイーブなのだ。たぶん女の肌には“視覚”もあって、キレイなものを見ればいつも潤っていられるが、汚いものを見続けると、みるみる不安定になるくらいの意思表示はするのだろう。劣悪な環境に置かれた時、肌がかゆくなる体験をした人もいるはず。肌はお手入れだけでは決まらない。そして湿度温度だけでコンディションが決まるものではないのである。
であるならば、毎日毎日帰っていく自分の部屋が汚かったら、たとえそれに後ろめたさを感じなくても、肌本来の機能にブレーキがかかり、くすんだりゴワゴワしたりするはずだ。ストレスを感じると、毛細血管が委縮して、血行を低下させてしまうことはご存知の通りだが、見慣れた光景とはいえ、部屋の散らかりは、このストレスを慢性化させてしまう。こういうストレスを“片づけ”で一気に解消させたいなら、ゴミを捨てるのはもちろんのこと、服をたたみ、本の四隅をきちんと揃えてほしい。たたむ行為と、揃える行為は、とりわけ達成感が高く、停滞した血行をサラサラにしてしまうはず。“お片づけ”の基本に戻って、美容しよう。
|
|