
“玄関美容”は自分のキレイに対するおまじない
玄関がキレイな家の女性は、だいたい美人……そんなことを言う人がいた。まあ、玄関は“家の顔”であるから、そこにきっちり神経を行き届かせている家の女性は、きっと身だしなみや美容にも気をつかっているってことなのだろう。
しかも玄関は、外出する女を送り出し、帰宅した女を迎え入れるところ。玄関にはいつも香水の香りを絶やさないという人は、家を出る自分には、“あなたは匂いたつようなイイ女なのよ”と言いきかせ、家に帰った自分には、“あなたが帰ってくる場所は、こんなにも芳しいのよ”と教える。バカバカしいと言わないで。玄関というのは、外と家とをつなぐ場所。家の中でも他の場所とはすでに違う空気が漂っている。つまりそこには、“外向けの自分”へ自分を切り換える場所なのだ。しかも帰ってきた自分を不意にとらえる玄関の香りが、不快な匂いだったら、一日の疲れがどっと出て、美容にも悪いことはわかるだろう。
そうそう、玄関には必ず鏡を置いておくこと。これは身繕いをするためだけじゃない。自分の家の鏡にも、キレイにうつりたいと願うのが女心。それをまんまと利用して、外向きの自分の顔を作り、帰ってきた瞬間までいい緊張を保ち、キレイな顔でいるためだ。花を飾り、いい絵を貼り、玄関を美容すると女はキレイになれる。美容の風水ってとこだろうか。
|
|
前、訪ねたことがある家は、家全体のサイズに対して、玄関が妙に大きく、そして立派だった。案の定、玄関だけで帰されたが、これはそもそも、靴を脱いで上がる日本の住まい方が玄関を必要以上に重要と考えた名残なのかもしれないし、また世界一エエカッコシイと言われる日本人の精いっぱいのエエカッコなのかもしれない。いずれにしても、ブランド大好き、車はピカピカ……みたいなことを含め、玄関だけキレイに立派にする的な見栄のはり方は、日本人の国民性として今更変えようがないものなのだろう。
あるファッションデザイナーに、あなたの作った服はどんな人に着てほしい? とインタビュアーが質問したら、その人はこう答えた。「この服にふさわしい家に住んでる女性。住む家と着る服のバランスは大事です」って。確かにそうかもしれない。汚くて狭い家から、上等そうなドレスが出てきたら、確かにヘンだ。でもねェ……と思っていたら、そのインタビュアーが意を決したように、こう言った。「じゃあ私、玄関だけでも大きくて立派な家に住んで、先生のお洋服を着させていただきたいです」と。
たまたまその場に居合わせた私は、少しドキドキしながらも、心の中でよくぞ言ってくれましたと拍手を送ってた。家に見合った服を見栄などはらずに着るのは、確かに服を着こなす大事なルールなのかもしれないが、作った人にオマエは着るなと言われているみたいな失望感は、ファッションの名に恥じると思ったのも事実。インタビュアーの“玄関だけキレイで立派な家”は、クラス意識だけで服を作っているデザイナーへの痛烈な皮肉だったわけである。
|