いろんな目線から書くことによって、見えてくるものもあるはずだから
街の小さな書店で働く佐々木雫は、ふらりと店に訪れた見知らぬ男に好意を抱く。その男・津村大介に妻と子供がいることを知った時、すでに雫は彼に惹かれている自分に気づいていた――。
酒井若菜さんの初の小説『こぼれる』は、不倫だと知りながらも大介への思いを止められない雫の恋を、雫、そして彼女を取り巻く人々の視点から綴った連作。
「それまで遊び程度に短編は書いたことがありましたけど、こんな形で本格的に小説を書くのは初めてのことでした。最初はパソコンの使い方もわからなくて、そこから大変でしたしね」
とはいえ、書くテーマは最初から持っていたのだという。
「何年も前に、友人がタクシーに乗っていて事故に遭ったことがありました。その事故でむち打ち症になったというのに、彼女はタクシーの運転手さんがとてもいい人だったからって、慰謝料を請求しないって言うんです。それは驚きましたけれど、彼女の目には私には見えない、運転手さんのいい一面が確実に見えているんだなと感じました。事故という視点で見れば単なる被害者と加害者でも、違う視点から見ればまったく別の何かが見えてくるかもしれないんですよね。それがずっと頭に残っていて、今回、それを恋愛に置き換えて書いたんです」
一般論で言えば、妻がいながら不倫関係を結んだふたりは責められるべき存在かもしれない。それでも、雫と、雫の不倫相手である大介、大介の妻・千尋、そして雫に密かに思いを寄せる隣人の島田の目線で描かれることにより、当事者のふたりはふたりなりの真面目さで恋と向き合っていたことが見えてくる。なかでも、一見何の関係もない島田の存在が、物語を側面から見せ、より立体的な物語として浮かび上がらせている。
「物語を俯瞰で捉える目線を入れたいと思って後から足したのが、この人の話でした。彼は直接的には関わってこない脇役だけれど、それでも物語とどこかで繋がっているんです。そう考えると、ドラマでヒロインの恋敵をやることが多い私だからこそ、書いてみたかった作品なのかもしれませんね」
主役にも脇役にも演じる難しさはあるでもだからこそ楽しい
エキストラから始めて女優をめざし、夢を実現させて来た酒井さん。主役でも脇役でも、大作でもそうでなくても関係なく、演じること自体が楽しいと言う。
「脇役しかやったことがなかった時は、正直、主役に憧れる気持ちもありました。でもいざ自分がその立場に立ってみると、作品の芯になっていろんなものを背負っていかなければならない大変さを実感して、本当に大変でした。脇役は脇役で、少ないセリフのなかから役を的確に捉えていかないといけない難しさもある。どんな役にも演じる大変さがあって、そのぶんだけ演じ甲斐もあるんです」
ひとつひとつの言葉からのぞくのは、役に、そして作品に誠実に向き合おうとする真面目な人柄。しかし、その一直線な真面目さゆえの挫折もあった。
「ずっと私は、自分のことを強い人間だと思っていたんです。それで自分にプレッシャーを与え続けてきたんですけれど、ある時、それに耐えられずに爆発してしまったことがありました」
苦しい一時を乗り越え、そこから意識的に物事を楽に捉えるような癖をつけていった。肩肘張るのをやめ、役に固執せずに流れに身を任せてみたら、自然とどんな仕事も楽しめるようになっていった。
「小説を書いてみようと思ったのも、それがあったからかもしれません。いまはもっと、いろんなことにトライしてみたいですね」
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