ただ純粋に、着た人に喜んでもらえるような服を作りたい。
“一日に一千数百万円を売り上げるカリスマ店員”として、数多くのテレビや雑誌で取り上げられ、そのブランド名とともに自らの名前までもが一躍全国区になった。店には、ひっきりなしに取材陣と彼女に憧れる女の子たちが列をなして訪れ、狂乱のなかで過ぎてゆく毎日。そんな過去を振り返って、森本さんは「モデルでもないのにテレビや雑誌に躍らされて、“時の人”扱いされている自分を、いつもサムいな〜と思って見ていた」と話す。誰もが彼女の一挙手一投足に注目し、ファッションのみならずそのライフスタイルまでもが憧れの対象とされた7年前。その時、彼女は21歳。周りからの手放しの称賛に陶酔しても不思議じゃない状況のなかで、つねに自分を見失うことなくそこにいた。
「こうやって周りから持ち上げられているのも、ブームのうちだけだという気持ちはいつもどこかで思っていましたね。雑誌やテレビの力の強大さも、その怖さも見えてしまったから、どんなに有名になっても、それが本当に自分だけの実力でなったものじゃないってことを自分が一番わかっていたし。そんな状況に身を置き続けているってことが何より不安だったんです」
そうして決断したのは、ブーム真っ只中での退社という道。驚くほどにあっさりと、カリスマの称号を捨てた。普通ならばよほどの勇気と自信がいる行為のはずだけど、彼女は「それが自分にとって一番楽だったから」とさらりと言ってのける。
「結局、私は自分が好きで楽しいと思えることしかやっていないんですよね。そういう意味では、すごく楽してきたなと思います。多分、いろんなことを考えて行動する人だったら、やりたいって思っても怖くてやれずに躊躇しているようなことを、私は“やりたい”っていう気持ちだけで実行してきちゃっただけなんです」
周りの人に恵まれていたからこそ、ここまでやってこれたと思う。
その後の、デザイナー兼プロデューサーを務める新ブランド『マウジー』、『プラチナムマウジー』の成功も、彼女にとっては、その一環に過ぎない。そして信念のおもむくまま、昨年には自らの会社を設立して独立。今年、初のオリジナルブランド『KariAng』を立ち上げた。念頭に置いたのは、大人になったギャルたちが、普段使いできるリアルクローズ。
「会社に所属してブランドを運営していくことを考えると、どうしてもブランドを大きくすることを考えざるをえなくなる。それは、会社として当然のことだし、プロデューサーという立場にある者としての使命でもあるんですね。でも、私が本当にやりたいのは、会社のためでも従業員のためでもなく、自分が本当に着たいと思う洋服を作って、純粋にお客さんに喜んでもらいたいっていうことだって気がついた。それを形にしたのが『KariAng』です」
この、一見無謀とも思える人生の選択に驚いた人は多い。でも、それをただの夢物語で終わらせず、現実にすることのできる彼女は、潔くそして力強い。
「それも、私を支えてくれるスタッフがいてこそできたことだと思います。販売員をやってきたときにはわからなかったことですけれど、前の会社で服作りを手がけるようになって思い知らされたのは、自分ひとりでは何もできないんだっていうこと。私の思い描いた服を、実際に形にしてくれるスタッフがいて、立ち上げたばかりでまだどうなるのかもまったくわからないような小さなブランドのオーダーを引き受けてくれた業者の方がいて、応援してくれる人々がいてようやく形になってきた。たまたま私が一番目立つところにいたっていうだけなんです。周りのスタッフには、いつも“おいしいところ取りでゴメンネ”って言ってますから(笑)。もしも私が運がいいとすれば、それは人に恵まれたっていうこと。私がここまでやってこられたのは、それに尽きるんじゃないかな」
自然とそんな言葉を口にする彼女だからこそ、多くの人に慕われるのかもしれない。 |