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これまでの生活でムダだと思うことは何もない
今日は何を着て出かけようか、傘はもって行くべきか……と、出がけに役立ってくれるのが毎日の天気予報。気象庁から発表される現在の雲の動きや、過去のデータなどから、これから起こりうる天気を予測するのが気象予報士という資格だ。現在、お天気キャスターとして人気の真壁京子さんも、この気象予報士のひとり。しかし、予報士の資格を取ろうと思う前までは、高気圧と低気圧の関係すらろくに知らなかったという。
「周囲には、なんの知識も持ってなかった私が気象予報士になれたことが意外だって散々いわれましたね。そして、今回またそんな私に本が書けるのかと、意外だって言われましたよ。最初はわたし自身もそう思っていたんですが、こんな私だからこそ、誰でもやればできるっていうことが伝えられるんじゃないかって考えて。この本で、『真壁にもできるんなら自分も!』と、勇気を持ってもらえれば」
27歳で真壁さんが予報士を目指すまでには、さまざまな寄り道があった。OLとして働いた後、スチュワーデスに転身。夜ともなれば遊びに出かけ、朝まで飲んだりするのがしょっちゅうだったという。しかし、航空性中耳炎という、空の仕事に携わるには致命的な症状に陥り、泣く泣く辞めざるを得ず、プー太郎生活も経験した。
「20代前半のその頃まで、もう、悔いがないくらい遊びました。でもそういう生活があったからこそ、自分で手に職をつけようって思えた。私にとっては、ここまでの紆余曲折も、何のムダでもなかったと思っています」
そして、ようやく行き着いた先が今の仕事だった。
「気象予報士っていう選択肢は、スチュワーデス時代の経験が大きいですね。フライト中に、自然現象で飛行機が突然揺れることがあるんですが、それをコックピットの機長がピタリと言い当てるんです。それが神様みたいで、すごくカッコよかった。そのことをある日ふっと思い出して、それがきっかけになりました」
とにかくポジティブな人。その持ち前の前向きさで、苦しい勉強の日々も乗り越えてきた。
「よっぽど好きなものじゃないと、がんばれないと思うんですよね。私、最初から気象予報士になろうと思ったわけじゃなかったんです。いろいろなことをちょこちょことやっては挫折して、ようやくしっくりきたのが気象予報士だっただけ。だからね、最初に興味を持ったことだったら、なんでもやってみることが大切なんじゃないかな。やってみて、がんばれなければ自分には向いてないってこと。そこでやめてもいいことだし、やってみたら、案外おもしろくなさそうなものが、おもしろくなることだってあるし。あれこれ悩んだら、まず行動を起こしてみたらいい」
2年前には、宇宙飛行士になろうかなとも
真壁さんのポジティブな好奇心は、気象予報士の資格をとったからそこで終わり……ではなさそうで、つねに新しい目標へと向かっている。だからこそ、いつでも輝いていられるのかもしれない。
「NHKの朝ドラの『まんてん』ってあるでしょ。あれは、まさに私が2年前に考えてたことなんです。予報士の仕事にも慣れてきた頃、ふと、今度は宇宙飛行士になろうかなって思い始めて、調べたんです。そしたら、理系の4年制大学を卒業してなきゃいけなくて。それで、もう1回大学に入り直そうかとも考えたんですけどね、やめました(笑)。思い立ったらね、とにかくすぐ調べるの。何とかなんないかなって」
でも、宇宙飛行士をあきらめたくらいで夢が消えたわけじゃない。
「テレビで、中国に野生パンダの研究所があることを知ったんです。パンダ好きなんで、そういうのもいいかなって。天気とパンダの生態を探るとか、おもしろそうだし。この先、何かやなコトがあったら、中国にこもろうかなと(笑)」
やってみたくても、行動する前にすぐにダメだと決めつけてしまうことがある。でも、真壁さんの話を聞いていると、やってみればなんとかなるような気がしてくるから不思議だ。彼女の本にも、そんなパワーが満ちあふれている。
「夢は叶ったらお終いっていうものじゃないんです。気象予報士の資格が取れて、ようやくスタート地点に立ったっていうだけ。これからもっとたくさんの知識や経験を積んでいかなければならない仕事なので、これで完璧っていうことがないんです。一生楽しめる仕事だから続けられるんです」
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