モデルが自由で楽な表情でいてくれたら幸せ
「タイトルが最後の最後まで決まらなくって、決まったのは締め切り過ぎてから(笑)。決まってたのは、ピーチっていうことだけ。ピーチって、音もかわいらしいし、ちょっとエロティックだったりとか、甘いんだけど表面はトゲトゲしてたりとか、いろんな二面性があるような気がして、それがぴったりだなって。桃源郷とかいろんな意味合いもありますし、純粋に桃が好きだっていうのもありますし。で、音も意味的にも悪くなかった『like a peach』に。私ね、タイトル付けるのすっごく苦手なんですよ。文字にするって、なんか恥ずかしいんですよね」
キュートだけど、ちょっとエロティックで、スイートだけどトゲがある。写真集『like a peach』には、そんな二面も三面も持った女のコたちの姿ばかりが、じつに100点以上も収められている。これは彼女が、ここ1年半くらいの間に手がけた数々の仕事の中からセレクトしたものだ。
「女のコのかわいらしさや、元気な感じ、無邪気なんだけど残酷なところ。それに、女のコ同士の悪ノリ感みたいなものが出ている本になればいいなって」
赤や黄色、ブルーにピンク……。キュート、ポップ、そんな言葉では表現しきれない、蜷川ワールドが随所に広がる。
「女の人って何歳になっても、細胞レベルでピンクとかウサギとか好きだと思うんですよ。それが洋服や持ち物に反映されてなくても、心の底ではどこかでピンクが好きな自分ていうのを持っていると思うんですね。そういうのって細胞レベルのことなんで、言葉にはできないし、説明してもわかってもらえないんですけど、共有できるじゃないですか、女のコ同士なら」
背景、衣裳、小道具と、作り込まれた世界の中で、もうひとつ魅力的なのは、イキイキとした彼女たちの表情だ。まぶしいくらい鮮やかな色に囲まれた女のコたちは、すましたり、笑ったり、舌を出したり、ふざけたり、カッコつけたり、さまざまな表情を見せている。
「私、撮影してるときには、ほとんどしゃべんないんです。すごく意外に思われるみたいなんですけど。女のコのいる世界は作っても、そのモデルさんにこういうふうに演じて欲しいとかっていうのはないんですね。私は女だから、その人が好きなように楽な表情でいてくれたらいいなって思う。『笑ってください』っていったことないですし。『今日はこういうふうに撮りたいから、こういう気持ちでお願いします』とか説明することもないんです。そういうとみなさんびっくりされるんですけど」
そういって笑う蜷川さん。被写体になった女のコたちの自然な表情を引き出しているのは、もしかしたら、彼女の持つ独特の空気に、なのかもしれない。ふと、そんなことを考えさせる、不思議な安心感を持たせる人だ。
気負いがなくなってきたのは、自信がついてきたから
男性主流の写真の世界にあって、女のコであることをつねに意識させられてきたという彼女。しかし、そんな気負いは微塵もなく、その写真の中には、女のコであることを素直に受け止め、表現していくパワーにあふれている。
「デビューしたての頃って、女のコ写真ブームって言われて騒がれて、そこに対する反発みたいな気持ちがあったんです。父親が有名人だってことに対しても。演出家・蜷川幸雄の娘って言われて、関係ないじゃんって思ってた。でもね、最近はそんなこと関係なくなってきたんです。“だって女じゃん”“そう親は蜷川幸雄ですよ”って 素直に気負いがなく出せるようになってきた。それは、おそらく自分に自信がついてきたからだと思う。ここ3年くらいの間でかな」
気負わずに自らの道を進んでいる蜷川さんの表情はやさしい。それは、好きなものが好きと胸を張って言えるいさぎよさでもあり、そんな姿がなんともカッコいい。
「カメラ持ち始めた頃は、ずっとモノクロを撮ってたんですよ。でも、そのうち自分の写真を自分で真似してしまうっていうことに陥ったんです。これはまずいだろうって思って、単純にカラーに変えてみたんですね。で、その時に、一気に目の前がひらけた感じがあった。ほんとに昔からかわいいものが好きだったんですけど、そういう私らしさがいままでの写真には全然出てなかったのが、カラーにしたことで一気に自分の世界観が出せたのが一番大きな転機だったと思うんです。そっからどんどん加速していくんだけどね(笑)」 |