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映画『陰陽師』での知的でクールな安倍晴明役が記憶に新しい、野村萬斎さん。映画やテレビなどで活躍しながら、独自の狂言・舞台を創造し続けている彼が、狂言師・萬斎を自ら分析した本が出版された。


狂言サイボーグ
日本経済新聞社\2000+税

野村萬斎
撮影/宮崎貢司
伝統の巨大さの前には、個性なんてちっぽけなもの
 『狂言サイボーグ』という本のタイトルにドキッとさせられる。これは、萬斎さん自身の手による言葉だ。幼い頃から師匠の口真似や、身ぶり手ぶりを何十回、何百回と真似ることで体に「型」を覚えさせるという狂言の指導方法。この徹底した英才教育が、狂言舞台でのムダのないしなやかな動きにつながる。そんな完璧にプログラミングされた狂言師を、狂言サイボーグと呼んでいる。
 「サイボーグっていうのは、機械的に狂言の型がプログラミングされてはいるけど、ちゃんと現代人の心を持っているっていうこと。完璧な型、完璧なプログラミングであったとしても、ただ単に形を演じるのでは、狂言ロボットになってしまうだけ。師匠から徹底して仕込まれた型に沿って、現代人の感覚をもって演じられる、それにはサイボーグっていう言葉がぴったりだと思って」 
 お父さまもおじいさまもそのまたおじいさまも狂言師の家に生まれ、自身も幼い頃から狂言師としてのプログラミングを受けてきた萬斎さん。生まれながらにして伝統芸能を受け継いでいかなければならないという立場。家や伝統という名のもと、決まった道が敷かれていたことに対し、疑問や悩み、葛藤はなかったのだろうか。
 「狂言の稽古っていうのは、まずは個性を否定することから始まる訳です。とにかく幼いうちから、親(師匠)の物真似をさせる。これって親が受け継いできた基本の型を子供に転写するようなものですからね。でも、そうやって伝えられてきた“狂言の型”っていうのは、六百年の間に何百人、何千人という人が受け継ぎ、考え、洗練されてきたものですから。その巨大さからいったら、ひとりの個性なんてものすごくちっぽけなものなんですよ」
 萬斎さんいわく、狂言の「型」とは一種の方法論であり、演じる上での道具のようなものなのだそう。
 「いい道具があって、それをしっかりと磨く努力があって、それを扱う人間もまた技術を身につけていなければ、いいものはできないでしょ。そこへさらに扱う人間というものが反映されてこそ、現代人に訴えかけられるものがあるんじゃないかと思います」
 今、何かと個性化の時代と言われているけれど、本当の個性とは野放しの自由のなかに生まれるものではない。しっかりとした「型」を身につけたうえで、自分を磨いてこそ、そのなかに生まれてくるものなのかもしれないと、萬斎さんは考えている。

目標をもてている自分のことを、ラッキーだと思う
 萬斎さんは「伝統」という巨大で動かしがたいもののなかで、つねにひょうひょうと泳いでいるかのように見える。
 「伝統って昔の点のように見えるかもしれないけど、実は過去から現在までずっと続いてきている線なんですよ。時代を経て古くなり、どこかが抜け落ちて点線になれば、その度ごとに自分たちで間を埋めていっているんです。そうしないと続かないわけだから。その間を埋めていくものが、その時々の現代感覚であったり世代意識であったりするんです」
 伝統芸能としての狂言と現代感覚のすり合わせ。萬斎さんはつねづねそれを考え、行動を起こしてきた。舞台上に電光掲示板を設置したり、シェイクスピアと狂言をコラボレートしたり……。能楽堂での古典の舞台はもちろん、テレビドラマや映画への出演も果たすという精力的な活動ぶりは、知れば知るほど興味がわいてくる。
 「僕は、自分が目標をもてていることをラッキーだなと思う。逆に言うと、やりがいがあるわけです。まあ、最初は苦しいプログラミングの時代だけど、それだけの技術を体に覚えこまされるからこそ、今、やりたいことがさらに広がっていくと思うんですね」
 次々と新しいことへ挑戦する萬斎さんにも、失敗したと感じた経験もないわけではない。
 「失敗したことも、今の自分の糧になっているかなと思いますね。自己分析を含めて、あのときどうしてできなかったんだろうって突き詰めることが、次への備えにもなる。この本でやりたかったことはそれなのかもしれない」
 過去の失敗を、今後の成功へとつなげてゆく前向きな姿勢。どうやらそれが狂言師・野村萬斎のパワーの源らしい。
 「10代、20代のうちは、まだまだ技術を身につけたり、経験するには遅くない。というより、今じゃなければできないんじゃないかな」

構成・文/望月リサ

1966年東京都生まれ、狂言師。狂言を演じる他、映画「陰陽師」をはじめ、演劇、テレビなどで活躍する。6月には蜷川幸雄演出の舞台『オイディプス王』に出演。8月には世田谷パブリックシアター芸術監督に就任が予定されている。

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