Grazi@
定期購読のお申し込みはこちらから女性誌ネットはこちら
Home
Life style
Culture
Beauty
Fashion
Grazia Models
今月のGrazia
Present&Info
Fashion Topへ
いい女解体新書 いい女解体新書
オーソドックスを着るということ Backnumber
イブニングドレスよりも目を惹くのがオーソドックス・ゴージャス
 トレンドを追う人、いつも最先端の服を取っかえ引っかえしている人をオシャレな人と呼ぶのは間違いない。しかしオシャレな人は誰? と聞かれて思い浮かぶのは、むしろオーソドックスがカッコイイ女だったりする。まだ街では滅多に見かけないくらい早い段階で、それこそ雑誌から抜け出てきたような完璧なトレンドスタイルならあっぱれと思うけれども、あちこちで見かけるようになってからの“みんな一緒のトレンド”には“才能”というものを感じないからである。
 逆を言えば、オーソドックスが目を惹くのはいろんな意味での女の才能に感服するからなのだろう。オーソドックスな服でのオシャレは、それくらい難易度の高いことなのだ。
 そういうことに最初に気づいたのは、初めてのパリ。カフェでお茶を飲んでいる2人のマダムを見た瞬間、ちょっとした衝撃を受ける。ひとりはVネックの“何でもないセーター”、もうひとりもまた、“何でもないシャツ”。まるで申し合わせたようにオーソドックスなファッションなのに、思い切り目立っていた。セクシーでもあった。おそらく隣にイブニングドレスの女が5人くらいいても、2人のマダムのほうがずっとゴージャスでセクシーに見えたのだろう。
 それは、自分が20代の頃、当時の日本でゴージャスと言えば、ショッキングピンクのちょっとボディコンミニ丈スーツ、という時代だ。それを“コンサバ”と呼んでいた時代でもある。だからその時同時に、日本のコンサバとオーソドックスはまるで別ものであることに気づくのだ。日本のコンサバは、全身にガチガチに力が入っていて、“洗練”とはほど遠いものだと知るのである。
 洋服を着る歴史が違うとは、こういうことなのかと思った。日本のコンサバは、まだ欧風料理を食べやすくした“洋食”みたいなものにすぎず、とりあえず着てしまえば、全員が一見エレガントに見えたが、本当のオーソドックスとは、女を試すような人にもっと厳しい服なのだ。
 モード発祥の国の女たちは、意外にも服に頼らず、“洗練”を作り出そうとしている。いや、“洗練”という概念を作った国の女たちだから、洗練は洗練を縫い込んだ服で着るものじゃなく、自らの体と精神で作るものだということを子供の頃から教えられて育ったのだろう。そしてオートクチュールの国だからこそ、あえてノーネームな手作りの“洗練”で対抗する術を磨きたいと思うのではなかろうか。
 さらにはブランドの国に生まれながら、若いうちはブランドに手を染めないのも、ブランドのステイタスなしで勝負できる自分を、鍛えているからに他ならない。
 しかし日本の女はどこか今も、“洗練”というものが服とセットになっていると考えている気がする。だからオーソドックスに圧倒されるのだ。
なぜ、30代40代はオーソドックスの適齢期なのか?
 それにしても、オーソドックスがキマった女たちは、まったくもって堂々としている。まるで大女優のように。人と同じものを着ても、私は人と同じには見えない、絶対に……そういう自信が“うまさ”と艶を積み重ねた女優のような女を作るのだ。以前からオーソドックスがいちばん似合うのは、“大女優”だと思っていたが、オーソドックスを極めると、誰でも同じオーラが放てるのである。
 ひとりはブロンドの髪を逆毛で大きくふくらませ、黒いサングラスをしていたし、もうひとりは前髪を眉の上で切り揃えたキュートな髪を風になびかせていた。まるでフランス映画。まるでヌーベルバーグ。彼らはオーソドックスな服を絶対つまらない退屈な装いにしない術を、鍛えて鍛えて練りあげたのである。だから、わざわざ学校の教師が着そうな色気も素っ気もない単品を組み合わせて、誰にも負けないセクシーを見せびらかすのだ。しかもどこかにちゃんと“高学歴ふう”みたいな知性をぷんぷんさせながら。いや“セクシー”さと“高学歴”感の両立は、オーソドックスでなければ作れないもの。装飾たっぷりの服を脱いでしまえる勇気と自信は、そういうところからも生まれるものなのだろう。
 だからもし、あの人たちが最先端のパリモードに身を包んでいたら、かえって暑苦しい印象を放ったのかもしれない。30代か40代、いや50代か……。年齢などどうでもいいものにさせるほど、体中から“洗練”とか“ゴージャス”とか“粋”とか“色気”とかを放っている女は、限りなくオーソドックスな服でないとバランスがとれないのである。
 しかしあのマダムたちも、年をとってシワシワになってオーソドックスな服を着てもゴージャスでなくなったら、装飾的なオートクチュールに走るのかもしれない。でも今はこれがいちばん自分をカッコよく見せると知っているのである。
 だから今あらためて思うのは、オーソドックスがいちばんよく映えるのは、30代40代。今がいちばん服に頼らずに輝ける年齢だってオーソドックスは教えてくれる。その年齢だからオーソドックスは、女を才能のかたまりに見せられるのだ。それでもあなたはオーソドックスを退屈と思うのだろうか。
後編へ続く
Profile: 齋藤 薫
女性誌編集者を経て美容ジャーナリストへ。美容記事の企画化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。新刊『あなたには“躾”があるか?』(講談社)ほか、『こころを凛とする196の言葉』(ソニー・マガジンズ)、『素敵になる52の“気づき”』(講談社+α文庫)など著書多数。

撮影/みなもと 忠之 スタイリング/池田奈加子 ヘア&メイク/中台朱美
モデル/熊沢千絵(本誌専属) 構成/松本千登世

2007年 Grazia8月号に掲載されたものです。