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女の脚 Backnumber
結婚するなら“脚のキレイな女”!?
 男は胸の大きな女を支配したがるが、脚のキレイな女には支配されたがる……そんなことを言った人がいた。言い換えればそれは、胸の大きな女は自分の思い通りになるけれど、脚のキレイな女は一筋縄ではいかない、でもいっそ男のほうがついていきたいほど魅力的だということ。
 その証拠に、ちょっと意外だけれど「結婚するなら“脚のキレイな女”」と明言する男が少なくない。それは、私たち女が“男の手”の形や腕の筋肉のつき方で、理屈ぬきの“男の品定め”をするようなことなのだろうか? それとも男にとって“女の脚”には、私たち女も知らない、重大な意味があるということなのだろうか?
 西洋でも東洋でも、とても長い間“女の脚”はドレスや着物の下に隠されていた。女が脚を人目にさらすようになるのは、20世紀に入ってからで、欧米でも胸は大きく露出したのに、脚を人に見られるのだけは絶対に避けなければならなかった。
 今思うと“女の脚”は決してイヤらしいところではないのに、なぜそんなに必死で隠さなければならなかったのか? ロートレックの絵には、下着をつけてはいるものの、スカートから大きくはだけた脚を人目にさらす酒場の女が描かれ、日本の浮世絵に描かれた脚をさらす女は、みな遊女だった。たぶん脚は“女の誇り”“女の沽券(こけん)”みたいなものが宿る場所だったからなのだ。
 ヒザからかかとまでぴたっと揃えて座る女は良家の子女で、揃った脚が斜めに美しく流されれば、その人は優雅な“レディ”になる。脚が開いてしまうと、“今どきの女”になり、ヒザが少しでも離れればだらしない女になるという具合。2本の脚の配置ひとつで、女はどんな女にもなれるし、いくらでもみだらになれる。2本の脚のしつらえが、女の体の中にある“しつけ”の量を決めるのは確か。だから美しい脚の女は、それだけで人として端正に見える。シャープで知的で、何だか知らないが“優れた女”に見えるのだ。“小股の切れ上がった女”が“いい女”の象徴とされたのも、粋で頭のいい女に見えたから。
 ちょうどポルシェやフェラーリのように足の速い車同様、アキレス腱なんかがピンと張る長い脚の女は、何とも知的で有能そう。そしてとてもゴージャスだ。
 そう、前から不思議だったのは、男が“女の足首”に執拗にこだわること。女は美しい脚をつくるうえで、むしろ“ふくらはぎの細さ”にこだわってしまうが、男たちは女の脚の急所はあくまでも足首だという。足首がキュッと引きしまった女でないといけないと。たぶんアキレス腱に、車と同じ、人としての女としての性能がだぶって見えるからなのだろう。なぜ結婚するなら“美しい脚の女”なのか、それも何となく合点がいったはずである。
美しいのは、モデルの脚よりダンサーの脚
 そもそも女が考える“美しい脚”と、男が考える“美しい脚”は微妙に異なり、女はあくまで棒のような細さを求めてしまうが、男が理想とするのは、もう少し肉のついた、カーブの美しいメリハリある脚。人によっては、ふくらはぎに“筋肉”の張りが見える脚がいいと言う。男たちは、“ふくらはぎ”の形に、たぶん女のタイプを見ているのだろう。ふっくらとしたやわらかい肉のついた脚には、穏やかに人を包み込むような女をイメージし、硬めの筋肉がついたふくらはぎは、やっぱり力強く生きている逞(たくま)しい女をイメージさせ、だから肉のない脚の女には何の興味も感じないのだ。
 美しいゴージャスな脚とは、モデルの脚じゃなく、バレエダンサーの脚だと言う人がいる。そういう脚にものすごく一生懸命に生きている女の姿が垣間見えて、何か尊敬できるからなのだと言う。懸命に生きているのに、尚も美しい、そういう脚こそがすばらしいと……。その証拠に、ミス・ユニバースやミス・ワールドの脚が、細い棒のようであったためしがなく、みんな躍動感に満ちた脚をしている。細い脚を世界的に流行させたオードリー・ヘップバーンの脚だって、バレエによって鍛えられた筋肉が、過不足なくついていたのだ。肉のない細すぎる脚が何か貧しいのは、せっかくの脚を“攻めの生き方”に使ってないからなのだろう。
 “女の脚”は、言うならば、“性的美貌”が宿る場所である一方、しっかりと大地を踏みしめ自分の人生を歩いていく高機能な道具でもあるからこそ、男にとっては特別な意味を持つのだろう。この人と一緒に生きていっていいのかどうか? それを見極めるのが“女の脚”なんである。だから女は脚を人目にさらして歩いてる。さあ、私を選んでと。その脚は当然美しくありたいが、でもそれ以上に“自分の道”をしっかり歩いている自信と力強さが息づいていなければダメである。
後編へ続く
Profile: 齋藤 薫
女性誌編集者を経て美容ジャーナリストへ。美容記事の企画化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。新刊『あなたには“躾”があるか?』(講談社)ほか、『こころを凛とする196の言葉』(ソニー・マガジンズ)、『素敵になる52の“気づき”』(講談社+α文庫)など著書多数。

撮影/みなもと 忠之 スタイリング/池田奈加子 ヘア&メイク/中台朱美
モデル/熊沢千絵(本誌専属) 構成/松本千登世

2007年 Grazia7月号に掲載されたものです。