「あなた、化粧映えするわね」
“化粧映え”をそう誉められた時、女はかなり複雑だ。化粧する以上、映えなければ意味がないが、一方でそれは“化粧でもってる女”を意味してしまう。あるいは化粧の濃い女を連想させてしまう。
少なくとも女は、「化粧顔と素顔が変わらないね」と言われたほうが嬉しいのだ。素顔がキレイねと聞こえ、本気で化粧したら実際もっとキレイになれるのにと聞こえるからである。そして“化粧映え”を人に悟られたり、ましてやそれを誉められたりしてはいけないのだ。“化粧映え”は本来、補整下着のように秘かに矯正を狙って、自分ひとりで嬉しがるものなのだから。もっと丁寧に、もっと大切に取り扱うべきものなのだ。
しかし、電車の中でも平気で化粧する女たちを多くの人が見慣れてしまった時代、“化粧映え”を他人に指摘されるなどもう何でもない、もはや何の抵抗もないのかもしれないが。
実際に、化粧映えする人とあまりしない人がいるのは確か。ただ素顔がキレイじゃない人ほど化粧映えするという単純な話じゃない。いやむしろ、逆かもしれない。一流のモデルほど化粧映えするからだ。“スッピン顔とメイク顔の落差が大きければ大きいほど優れたモデル”という基準もあるくらい。変わらないモデルなんてつまらない。
じゃあ美形だから化粧映えするのかというとそれも少し違う。化粧映えには別の法則があるのだ。たとえば、“口もと”がキレイな人は、化粧映え指数がとても高い。なぜなら、目もとはアイメイクでどうとでも補整できるところ。しかし口もとはメイクによる補整が難しい。口もとの難は、メイクをすればするほど、むしろ目立ってしまいがちだからこそ、化粧映えの対象になりにくいのだ。
つまりメイクで欠点を克服可能なところに、“化粧映え”は宿るということ、まずは自分の化粧映えの決め手を見つけてほしい。そこを知らずにやみくもに化粧してしまうから、化粧効果が生まれず、ノーメイクに見えたり、逆に厚化粧に見えたりしてしまうわけで、化粧映えにはもっと本気で取り組んでみたいのだ。 |