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いい女解体新書
女の視力 Backnumber
目がモノを言うのは 頭のいい女だけ
いい女解体新書
 優秀なモデルは、たくさんの顔をもっている。それこそシャッターを切った回数分だけ顔がある。しかも“笑顔”も使わずに、強さ優しさ喜怒哀楽を演じ分けてしまう。つまり表情とは、ほとんどが目の仕草なのだ。そういう目をもつモデルを業界では「カンがいい」というが、でもそれ、本当に「カンがいい」というだけで片づけていいのか。
 目の仕草を操作するのは、じつはこめかみの筋肉。いわゆる目力も、本来がアイラインとマスカラなんかで作るものじゃない。むしろこめかみの筋肉にクッと力を入れ、神経を集めて作るもの。女は写真を撮られる時、できるだけキレイに映ろうと無意識にこめかみに力を入れるが、要はあれが目力だ。本人は気づかなくても、あの目は瞳に魂が宿って力強い輝きを生み、それだけでも人を惹きつける。ふだんなぜあの目ができないのだろう。

 しかも、その目は自然に口角を引き上げる。人の顔の筋肉は連鎖反応によって表情を作っているから、悲しい目やきつい目をしたら、どうやっても口角は上がらない。だからいつも口もとに微笑みをたたえていたいというなら、口角に力を入れてもダメ。こめかみにその感情を込めてほしい。そしていつも自分のいちばん美しい顔で生きていたいというなら、やっぱりその気持ちをこめかみに集めてほしい。とても自然にいちばんいい顔になるはずなのだ。
 ちなみに、イライラや怒りを鎮める時、無意識にこめかみをおさえてしまうのも、おそらくこめかみには“気”や“疳”や“業”がすべて集まるから。もっと言うなら脳ときわめて密接だから、知性もまさにそこから湧きあがる。もうわかったはずだ。目の表情をたくさんもてるのは頭のいい女だけ。目でモノを言えるのは、結局知性のある女だけ。なぜなら、目で言う言葉も、一度脳で実際の言葉にし、それをちゃんと翻訳して出てくるものだからである。たとえば「哀愁」と「郷愁」の言葉と意味の違いを知らなきゃ、それぞれの微妙な表情なんて演じ分けられるはずがない。つまりボキャブラリーのない女は、目の表情も乏しいのだ。目に言葉をのせられないから。そしてその翻訳機がこめかみにある、と言えばわかるだろうか。目にモノ言わせたいなら、まずは言葉を磨こう……キレイの大きな盲点である。
大人の女は2つの視力を鍛えるべきだ
 若い女の目は“飾り”に徹してもいい。多少目が悪いくらいのほうが、瞳がうるうる潤んでキレイ、なんて言っても許される。しかし大人の女の目は“大人の視力”で何としても見なければいけないものがある。それは自分の欠点と、他者の美しさ、ひとりよがりにならないギリギリの客観性をもち続けるためである。
 そもそも視力が落ちると単純に、自分の姿形は実際よりもキレイに見えるようになり、逆に他者の美しさは目に入らないようになる。自分にとってまったく都合の良い視力になっていくのだ。しかし若さを保つキモは、自分の衰えや欠点をひたすら正確に知ることにあり、キレイを増やすキモは、自分よりキレイな肌や驚くほどキレイな人を見て、あえてショックを受けることにある。
 たとえば視力0・5の目では“キメの乱れ”と“たるみ”を一緒に見られない。鏡を近づけないとキメの状態は見えにくいし、逆に鏡を遠ざけないと見えてこない“たるみ”も、0・5では気づけない。でも人は、この2つのトラブルを同時に認識しないと自分の衰えの現実を思い知れないのだ。気づけなければ打つ手もないわけで、アンチエイジングには最低でも1・0の視力が必要だ。

 加えてオシャレのセンスも“視覚”で磨くもの。街なかで“趣味のいい装い”を具体的に何回見たか、何体見たか……センスの善し悪しって結局それで決まるのだ。だから“オシャレな人”を見逃さず、なぜオシャレかの分析までを一瞬で終えるだけの視力が必要なのだ。もちろん自分のコーディネートもどこかの鏡やウィンドーに映して、その成否を客観的に判断すべき。とすればやっぱり1・0以上はマストなわけである。
 そして大人の女はもうひとつ、気配を見る視力を備えているべきだ。よく“優秀な秘書”は上司がふと首を上げただけで、お茶が欲しいのかそれとも今日の予定を確認したいのか、内容まで見えるというし、一流レストランのマネージャーは真後ろで客が手を上げたのも、念力で見えるという。主婦やOLだって、真後ろは無理でも斜め後ろ45度で、訪問客が“この部屋は少し蒸し暑い”と思っている程度のことは見通せる目をもつべきなのだ。難しい話じゃない。ぼんやりせずに人の気持ちに集中し、力ずくでも読もうとする強い意志があれば必ず見えてくる。“よく気がつく”と言われる人も、要は心の目を皿にして、人の気持ちを必死で読んでいるにすぎないのだ。
 斜め後ろさえ見える視力を、あなたはもっているだろうか。
3秒以上見つめれば 視力は愛になる
 しかし視力が良すぎるとひとつだけ困ることがある。相手を3秒間以上見つめられなくなることである。
 近眼だと、良くも悪くも誤解を生む。同性に意地悪な女に見られるのも、ひょっとすると自分のことを好きなのかもと異性にカン違いさせるのも、視力の悪い目。それも相手の目が鮮明には見えない分だけ、相手を凝視してしまうからであり、1・0以上の視力と大人としての常識があったら、相手を穴の開くほど見つめるのは難しい。たぶん3秒間が限界で、ガマンしきれず無意識に目をそらしてしまっているはずなのだ。
 そこで相手を緊張させないための配慮として、さりげなく目をそらし、また、自分の視線がぎこちなく宙を舞うのを避けるために生まれたのが、いわゆるV視線。相手の目から外した視線を、一度相手の胸のあたりに落として、そこからまた視線を斜め上に上げ、相手の顔からハッキリそらす。それは大人の女が身につけておくべき“目線のマナー”。でも逆を言うなら、その3秒間という“一線”を超えることで、女の目線がとてつもなく大きな意味をもってくるとは言えないか。
 なぜそれほどモテるのか、女たちがみんな首をかしげるほど、正体不明のモテ方をする女性がいた。でもその理由、彼女と向かい合って座れば、たちまち判明する。彼女はこちらの目を見つめたままそらさない。長く強く見つめ続けるのだ。一体どのくらい? ずいぶんと長く感じるけれど、たぶん4〜5秒……。“3秒間を超える”というだけで、人は自分が執拗に見つめられていることを感じ、そして必ずその奥にある感情を大げさに読みとろうとするのである。
 つまり男たちはみんな、4秒も5秒も自分からそらされない彼女の目の奥に“自分に好意をもっている錯覚”を見てしまうのだ。浅はかだけれど、ドラマチック。そこでいちいち恋がめばえてしまうとしたら、“女の凝視”はまたなんと罪深いのだろう。
 でも、人に何かを訴えたい時、誰かに想いをぶつけたい時、その非常識なまでの凝視を使わない手はない。4秒、5秒、6秒と、時間にしたらほんの“ひと呼吸”の間に、相手の心臓を両手でしっかりと掴んでしまうほどの魔力をもつ、それがそらさない目線、女の凝視なのである。3秒間を超えると、天使なのか“神”なのか、ともかく何か特別な力が降りてきて、相手の心臓をぐいとこちらに近づける。そしてこちらの想いを何倍にも拡大して相手に渡していく。だから3秒以上。4秒から先が勝負である。
 大人の女の目は伊達じゃない。相手を惹きつける精密機器なのだって、再認識すべきである。
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