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老若男女が列をなす、いま人気の「落語」その面白さとは? [おとなスタイル]

2018年01月02日(火) 10時00分配信

イラスト/林田秀一

デジタルな現代に、今またブームの伝統芸能「落語」。
チケットは争奪戦、寄席の前には多くの老若男女が列をなしていることも。
なのに落語はなんだか敷居が高い……と二の足を踏んでいてはもったいない!
そこで「おとなデビュー!」第3回では、初心者でも安心、無意識に笑ってしまう、落語の面白さを達人に伺います。

〈教えてくれる人〉

広瀬和生さん
へヴィメタル専門誌『BURRN!』編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファン。ほぼ毎日、生の高座に接し、自ら落語会のプロデュースも手掛ける。『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』(講談社+α文庫)、『噺家のはなし』(小学館)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)など、落語関係の著書多数。

無欲で観るから“無条件に面白い”それが落語の真髄

今、何かと話題の「落語」。気になる、聴いてみたい、でもちょっと敷居が高い……何となくそんな風に思っている人も多いはず。でも、落語はそもそも庶民の気軽な娯楽。「古典」落語なんて言葉に惑わされて手を出さずにいたら、もったいない。漫才やコント同様、何の予備知識も要らない当たり前のエンターテインメントだからこそ、落語にハマる観客が増えている。それが今の「落語ブーム」の実態だ。

渋谷のライブスペースで開催されている「渋谷らくご」という落語会が、最近落語に初めて触れたという若い観客で賑わっている。「誘われて来てみたら、すごく面白かった」「古臭いと思っていたら、全然違った」と彼らは言う。ではいったい、彼らは落語のどこに惹かれているのか。

落語は、究極の「癒やし」なのだ。
春風亭昇太は独演会の冒頭でこんなことを言う。

「今から、あなたの人生に2時間の空白が訪れます。全然ためにならないし、何も残らない」

実は、ここに落語の魅力が凝縮されている。ただ単純に「面白い」。それだけのこと。高尚な古典芸能なんかじゃないからこそ、落語は江戸から明治、大正、昭和、平成と、時代を超えて愛されてきたのだ。
立川志の輔は「落語は、何もないから、何でもある」と言った。
落語家は高座に座り、扇子と手拭いだけを使ってあらゆる事柄を表現する。映画や演劇のように大掛かりなセットはなく、一人の演者が語る言葉に反応して観客はイマジネーションを膨らませる。だからこそ、表現の幅は無限に広がる。「落語家は座っているからこそ全力疾走できるし空を飛ぶこともできる。コントはそれができない」と言ったのは若手の立川吉笑(たてかわきっしょう)だ。

落語家は決まって「落語はお客様の想像力に寄り掛かった芸能なんです」という言い方をする。
こういうスタイルのエンターテインメントは、日本にしかない。

失敗も一緒に笑う。 人の本質を描く落語は生き方を教えてくれる

落語を知っていると、生きていくのが楽になる。
落語は大抵、ドジだったりマヌケだったりする人たちが主役だ。
泥棒が失敗する噺、大店(おおだな)の旦那が殺人的にヘタな義太夫を皆に聴かせる噺、無一文なのに遊廓で豪遊してうまいこと逃げる噺、十六文の蕎麦を十五文で食べようとして失敗する噺、勘当された若旦那が船頭になって大失敗する噺、美人の後家さんと結婚した男に嫉妬した長屋の男たちが幽霊騒ぎを起こして夫婦を脅かそうとする噺等々、落語が扱うのはどうでもいい話だったりひどい話だったりするものばかり。
そのことを「落語は人間の業を肯定する」と表現したのが、立川談志。人間は弱いもので、道楽にうつつをぬかしたり悪いことをしたりするほうが当たり前。そういう人間の本質を肯定するのが落語だ、というのである。
そして、そんな弱い人間の「可愛さ」を描くのが落語だと言ったのは柳家小三治だ。泥棒は確かに悪いことだけど、誰だってちょっとした泥棒心はあるもので、マヌケな泥棒の失敗を見てバカにしたり蔑んだりするのではなく、共感しながらクスッと笑う。それが落語だというのである。
落語には何をやっても失敗する「与太郎(よたろう)」というドジな役回りがあるが、落語は与太郎を仲間外れにしない。町内の若い連中が集まってワイワイやるときには、決まって与太郎もそこにいる。そこが落語の素敵なところだ。

頑張らなくてもいい、弱さを隠そうとする必要もない、失敗したっていいんだということを落語は教えてくれる。そんな落語の価値観に救われる人は、少なくないはずだ。
人間国宝 柳家小三治の落語はなぜ面白いのか?

撮影/橘蓮二

人間国宝 柳家小三治の落語はなぜ面白いのか?

柳家小三治は「人間という存在の可愛さ」を描く達人だ。
声のトーンや表情のちょっとした変化だけで爆笑させてしまう小三治の落語は、まさに名人芸。しかし小三治には、名人ぶるところは一切ない。芸や物語を「どうだ!」とばかりに押し付けるのではなく、ただ「おはなし」をする。そして、それを人が聴いてクスッと笑う。それが落語だ、と小三治は言う。

小三治は古典落語を通じて、高座の上に「人々の日常」を描き出す。
そこにあるのは落語という形式ではなく、誰もが共感する「人間という存在の可愛さ」だ。
若い頃から抜群に「上手い」落語家だった小三治は、今では「落語を上手く演じる」ことにはまったく囚とらわれていない。落語は彼にとって「演目」ではなく、単なる「おはなし」なのだから。

小三治は噺のマクラが長いことでも知られている。マクラというのは本来、落語の演目への短い導入部なのだが、小三治の場合はその場で思いついたことを、気ままにあれこれしゃべるだけだ。
「私はお客さんのためにしゃべってない。自分のためにしゃべってる」と小三治は言う。そして、そんな小三治を誰もが愛している。高座に出てきた小三治が、一時間も随談だけしゃべって落語をやらずに高座を降りることも、ファンにとっては充分に想定内だ。
だが、言うまでもなく小三治の真価は、その落語の素晴らしさにこそある。いったん落語に入れば生身の「小三治という演者」は消え、ただ噺の登場人物だけが現れて、生き生きと動き回る。そこで展開されるちょっとしたドラマに、観客は「いるよね、こんな奴」「あるある、こういうこと」と共感し、「人間って、なんて可愛いんだろう」と思う。それが小三治の落語だ。

ある独演会で、小三治は前半に『千早ふる』という短い噺を演り、それがあまりに良い出来だったというので「もう今日は落語はやりません。充分でしょう」と、休憩後の後半の部では落語をやらずに随談だけで高座を降りた。小三治が言う「良い出来」というのは、落語をしゃべっている自分自身がその噺に引き込まれて「それからどうなるの?」と思えるときなのだという。さすが人間国宝、凄い境地ではないか。

柳家小三治(やなぎやこさんじ)
1959年、五代目柳家小さんに入門。1969年十七人抜きで真打に昇進。十代目「柳家小三治」を襲名。2005年紫綬褒章受章。2014年重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。その話芸で人々を魅了、「現代の名人」として絶大な人気を誇る。

はじめてでも安心。なんでも質問、一問一答。

寄席とホール落語の違いって?


「県民ホール寄席」「渋谷道玄坂寄席」というように、広義で寄席とは落語の興行を意味しますが、通常「寄席」という場合は年中無休で毎日興行している昔ながらの「寄席の定席」のことを言い、現在東京には上野鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場の4軒があります。国立演芸場も「定席」ですが、休みの多い変則的な興行形態でもあり、他の四軒と同列にはみなされていません。
戦前まで庶民にとって落語は近所の寄席に徒歩で聴きに行くものでしたが、戦後の高度経済成長期に登場したのが、既存の劇場などに高座を設けて単発で興行する「ホール落語」。昭和30年代、選りすぐりの演者がたっぷり古典落語を演じるホール落語が流行し、以来、落語はホールで聴くのが当たり前になりました。ちなみに「古典落語」という言葉はホール落語の流行と共に評論家が広めた「造語」です。
今は寄席でもホールでもない公民館やライブスペース、寺社の参集殿などでも様々な形態の落語会が毎日数多く催され、「ホール落語」という概念もだんだん廃れてきています。

 

あの人のあのネタが観たい! と思ったら?


通常、落語家は演目を決めずに会場入りするので、「あの人のあのネタを観たい」と思ってもなかなか遭遇できないものですが、ごく稀に「ネタ出し(演目予告)」をする場合があります。
「朝日名人会」や「紀伊國屋寄席」などのようにチケット発売時に演者と演目を予告するホール落語会もありますし、独演会で「〇〇他一席」といった予告をするケースもあります。

 

落語を観るときのルールやマナーは?


高座に演者が出ているのに客席でしゃべるのは厳禁、携帯の電源はオフにするのも当然ですが、最悪なのは高座の途中で退席すること。やむを得ぬ急病の場合を除いては、途中退席は演者交代のタイミングにしてください。細かく言うとキリがありませんが、要は周りの観客に迷惑にならないよう、お静かに、ということ。笑い声が尋常じゃなく大きかったり、変なタイミングで笑ったりするのも迷惑だったりします。寄席以外は大抵、会場内での飲食禁止。寄席でも落語家が演ってる最中にムシャムシャ食べるのではなく、休憩時間に食べるのが美しいと思います。ちなみに、落語を観に行くのにドレスコードはありません(笑)。

 

落語を観るためのアドバイス


予習など一切せずとも楽しめるのが落語……なのですが、初心者は聴いていて単語の意味がわからず、「えっ? 何?」と引っかかって、以降まったく楽しめないことがある、と聞きました。知らない単語や意味不明な事象が出てきても、適当に流すようにしましょう。
「へっつい」(*「かまど」のこと)を知らなくても、物語が進行するにつれて、なんとなくわかってくるものです。

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