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どういう生き方をしたいか?が自分の居場所をつくる [おとなスタイル]

2017年11月29日(水) 10時00分配信

ガラス作家・おおやぶみよさんと読谷山窯窯元の大嶺實清さん。

アスファルトがぷつんと途切れて、もう、そこからは昔なつかしい砂利道になる。
太陽は容赦なく照りつけるけれど風が気持ちいい、沖縄中部の海辺の村。
草いきれの中にふと現れる木の小屋を目にした瞬間、
「パラダイス」と感じるのはなぜだろう?
きらきらと輝くガラス玉が迎えてくれる、ほっとする心のありか。
涼しい眼差し、熱き心を持つガラス作家・おおやぶみよさんの“居場所”を訪ねた。
カラフルに生きたいね。もっと自由になれるはずなんだ

ギャラリーき屋(きや) 沖縄県中頭郡読谷村字座喜味2653-1 大嶺實清さんと3人の息子さんたちの作品が並ぶ。

カラフルに生きたいね。もっと自由になれるはずなんだ

自分と闘いながら、ひとり沖縄でガラス作りをする人気ガラス作家のおおやぶみよさんに尋ねた。
仕事を続けるうえで、心の支えとなる人物が沖縄にいますか? すると、「大嶺工房の大嶺實清さん」。即答だった。

読谷山窯窯元の大嶺實清さんは、目の覚めるような青の陶器のペルシャンブルーシリーズなどで有名な、沖縄陶芸界の重鎮だ。
「尊敬してやまない方です。大好きな方。“沖縄の陶芸”ということではなく、もっと広くて深いところから、實清さんはものを生み出されている。實清先生がいるから、私は沖縄にいるかな、というぐらいです」
熱く語る彼女と一緒に、読谷村のやちむんの里にある大嶺工房・ギャラリーき屋を訪ねた。

大嶺實清 おおみね じっせい/ 読谷山窯窯元。沖縄で陶芸家として仕事を始める。1980年に「読谷山窯」を開く。作品を手に入れるのが困難なほど、全国にファンを多く持つ。沖縄県立芸術大学名誉教授・元学長。

深い緑に囲まれたギャラリーは、宮崎から運ばれてきた飫肥杉(おびすぎ)の柱の間を、風が吹き抜ける開放的な空間。すごく気持ちのいいところですねと言うと、大嶺さんは静かに言った。
「自分の居場所をよくする、っていう発想は、僕は猫から学んでいるんだ。猫っていうのは、居心地のいいところにしか座らないね。もの作りというのも、よい居場所を作ることからスタートする感じがしている。ロケーションや建物だけではなく、そこに流れる空気も含めて、すべてが自分の居場所なんだよ」
たちまち引き込まれてしまう、大嶺さんの語り口。「ここに来て實清先生と話すと、刺激を受けて、“自分も頑張ろう”と毎回思う」とおおやぶさんが言うのにも頷ける。
「僕にとって、ガラスの世界っていうのは憧れです。ガラスは透明で、鋭くて、濁らない美しさがあって、焼き物の中でも高次元である気がする。世の中には色や装飾の過多なガラスもあるけれど、“透き通ったシンプルなもの”でいいじゃない。そういう素材としてのガラスの魅力や本質を、僕はおおやぶさんの仕事の中に見ようとしているのかもしれない」
こう言われて、「精進いたします」とおおやぶさんは思わず姿勢を正す。
大嶺さんが話を続ける。
「だから、食器ばかり作らんでいいよ。僕自身もそうだけど、日常のいい食器を作れたら、いい作家だっていうことではないんだ。それはごく一部であって、別の造形の世界がある。ガラスならガラスの本質を打ち込むことができるのは、“抽象”表現ですよ。抽象とは、伝統や様式に縛られない自由な表現方法。実用ではないオブジェのようなものは、わかりにくいと言われるけれど、すぐに答えの出るわかりやすさから離れることも必要なんだ。10年間同じものを見続けて、やっとわかる世界というのもある。僕は物事の本質はそういうところにある気がする。わかりやすい形式から離れてみると、世の中のことに対して『それだけではないよな』と思えてくる。ものの考え方や見方が、自由になる。世界が広がって、カラフルになる。カラフルに生きたいね。でないと人間、つまらない」
売れなくなったら、またバスに戻ればいい

“「どういう生き方をしたいか?」 ということが、ガラスに反映される。 作るものと生き方は イコールなんです”

売れなくなったら、またバスに戻ればいい

「売れる、売れないは関係ない。ガラスそのものが持つ魅力を、きちっと表現するものを作ってほしい」――。帰りがけに、こんな言葉を大嶺さんはおおやぶさんに贈っていた。
あらためて聞いてみたい。単に商品を作るのではなく、おおやぶさんがガラスで表現しようとするものとは、いったい何なのだろう?
「表現なのかわかりませんが……。ガラス作りは手が汚れるし、熱いので、普通は手袋をする。でも私は手袋をつけません。極力、近いところで作りたい。手とガラスの間に1枚あるだけで、にぶい感じがすごくする。高温のガラスには直接触ることはできないんだけれども、触れるものなら触りたいくらい。そんなふうに、ガラスは自分の手から生み出しているもの。技術だけではなく、センスだけでもなく、自分のすべてから、現在のガラスができていると思っています。だから『どういう生き方をしたい?』っていうことに結局つながってくる気がする」

自分で納得のできる生き方をしていないと、いい仕事はできない、と?
「いい仕事をするには、集中できる環境を作って、毎日毎日やり続けるしかないんです。それと人に頼らないこと。人に頼る気持ちがあると、やってもらえないことがストレスになる。だからやれる限りなんでも自分でやります。台風のときに工房のガラス窓にコンパネを打ちつけることも、庭の草刈りも、もちろん経済的なことも。自分の体で働いて、生きていくほうが気持ちがいい」

恐さはないのだろうか。どこに属するわけでもなく、作家として一匹狼で仕事をするのは。
「恐くはないです。飽きられたら飽きられたですし、売れなくなったら売れなくなっただけで、また、いろいろ考えたらいいし。私は全然、贅沢な暮らしがしたいわけでも、ラクがしたいわけでもない。売れなくなったら、またバスに戻ったらいいじゃないかと思っている。だって何が幸せだか、わからないですよ。狭い空間で雑魚寝をしていたときのほうが、子どもたちの脚がこっちに来たりして、その感触が残って幸せと感じられたし、距離も近かったですしね。
ただ、好きなんですよね。ガラスを作ることが好きで、まったく飽きない。今度こんなの作りたいな、というのが尽きることがない。作れる、そのことだけで十二分に幸せなんです」
読谷村の楽しみ方

ミンタマ mintama 沖縄県中頭郡読谷村字長浜1787-2

読谷村の楽しみ方

「同じ読谷ですので、『日月』にいらっしゃる器好きの方は、大嶺先生のギャラリーも回られることが多いです。もう1ヵ所、地元の食材を使ったイタリア料理『ミンタマ mintama』というレストランもおすすめ。ラフテーなどの沖縄料理もメニューにあって、ワインと一緒に楽しめます。うちの近所なので家族でよく行きますし、料理がテイクアウトできるので、私が何日か留守にするときもいつも助けてもらっています」写真は、店長の山内晃樹さんと。
■Profile

おおやぶみよ/ガラス作家。1970年生まれ。京都出身。服飾学校卒業後、石川県能登のガラス学校で学び、大阪のガラス工場で修業。20代半ばで沖縄に渡り、ガラス工房を経て、2003年に沖縄中部の読谷村に工房とギャラリー「日月(hizuki)」を設立。

日月 hizuki
沖縄県中頭郡読谷村渡慶次273

 

 

『おとなスタイル』Vol.8 2017夏号より
撮影/大河内禎

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