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豊かな老後とはお金だけ? 無限の自由を手に入れるために必要なこと [おとなスタイル]

2017年10月31日(火) 14時00分配信

モノがないと生きていけないならそれは自由とはいえない

50代が思い悩むのは、寿命100歳時代の「長生きリスク」のせいではないかと、元朝日新聞記者の稲垣えみ子さんは言う。
「昔は仕事や子育てなどバリバリ活躍する期間を終えたら、死はもうすぐそこだった。でも今は、多くの人が長く厳しい“老い”を生き抜かなければなりません。50歳が人生の折り返し地点とすれば、それから先は下り坂の50年。
体の機能も衰え、収入も減っていく。
それなのに20代の価値観のまま、あれも欲しいこれも欲しい、SNSで羨まれるような素敵な生活がしたいと考えていたら、辛いことばかりの人生になってしまいます」
稲垣さんがそのことに気づいたのは、会社員だった38歳の時。
ふと、「私もそろそろ人生を折り返すんだな」と思い、将来を想像してみた。定年になれば会社も辞める。使えるお金も当然少なくなっていく。それなのに、お金で幸せを買うような価値観のままでいたら、老後は不平不満の人生だ。お金がなくても幸せになれるようなライフスタイルを確立しなければヤバイんじゃないか……。試行錯誤を繰り返す中で、東日本大震災後に始めた節電が、大きな契機になった。
「最初に電子レンジをやめました。冷凍ご飯の解凍は? 毎回炊くの? なんて結構ハードルが高いかなと思っていたのが、やってみたら全然できた。今では炊飯器、掃除機、エアコン、扇風機、洗濯機、冷蔵庫、全部ありません。こう話すと皆さん驚かれるんですが、工夫次第で意外とどうにかなる。自分の中に『工夫する力』があること、考えればできることがわかったら、むしろないほうが面白くなってきて」
それはあたかも、生命維持に必要だと思い込んでいた管を、身体から外してゆくようなもの、と稲垣さんはたとえる。すべて外した後に感じたのは「何もなくてもやっていける」という感覚――圧倒的な自由だったという。

そしてお金も貯まり始めた。自分に必要なものは、それほどないと知ったからだ。お金を使うのは、好きな人や応援したい人に役立ててもらおうと思うとき。すると今度はお返しをもらったりして、やっぱりそれほど減っていかない。かつてはいくら稼いでも足りないと思っていたのに、もう十分だと思うとなぜか余る。お金っていったい何なのか。

「人に羨まれる存在」になりたい承認欲求という病

話は稲垣さんが20代だったころに遡る。今では気に入った洋服を10着ほどしか持っていない稲垣さんだが、当時は彼女がお店に行くと店員が大喜びするほど、時には着ないままで終わるブランド服を大量に買っていた。服だけでなく、買い物はたいていがそんな具合だったらしい。
「当時私が“自由”と考えていたものは、好きな洋服を買い、好きな家に住み、好きなところに行き、好きなものを食べること。つまり制約なしに欲を満たせることでした。だから収入を増やすことを仕事のモチベーションにしながら、“たくさん稼げる自分”をよりどころに、一生懸命、会社員をやっていたわけです」

それは“勝ち組”や“人に羨まれる存在”になりたいという承認欲求と繋がっていたのではないか――。

「そこにある “勝ち” “負け” は、モノやお金があれば幸せになれるんだという、単に市場主義的な狭い狭い社会の価値観で、誰かもわからない人が勝手に決めたものだったんです。
本当は、世の中には無限の自由な世界がある。なのに、人はなかなかそこに気づかないまま、負けてもいないのに“負け”と言われ、“勝つ”ことを目指し、上手くいかず惨めな思いに囚われてしまっている。それは自分の牢獄を自分で作ってしまっているようなものだと思います」
もちろん誰だって承認されたい。でもそれは「人に羨まれる存在」になることとは違うのではないかと、稲垣さんは言う。

周囲の人々とつながっていること、それが“豊かな老後”を支える

「私も最近気づいたんですが、他人からの承認って、自分にはコントロールできないんですよね。なのに何とか承認されたいと思うから苦しくなる。でも他人を承認することなら、自分の思う通りにできます。承認すれば、意外と相手も自分を承認してくれるもの。
自分が“すごいね”と言えば、相手も“あなたもすごい”と言ってくれるし。
そこまでしなくても、ちゃんと会話をして、相手がにっこりしてくれるような一言を言うことができれば、承認欲求の病に囚われずに、自分の居場所を見つけられるんじゃないかなと思うんです。みんな“誰かに自分を満たしてもらいたい”と苦しんでいますが、何よりも人を満たしてくれるのは“誰かが喜んでくれること”。肩書も何もない今の私は、そんな考え方に支えられています」

銭湯では顔なじみのおばあちゃんの話を聞き、お隣さんとは笑顔であいさつを交わす。そうした行動は、言ってみれば稲垣さんが日常的に行っている小さな“承認”だ。自宅近くのカフェで取材中も、現れたご近所さんが「ちょっとごめんなさい」と、気軽に話しかけてくる。「この本、読みやすいし面白いから、あなたに持ってきたの」「わあ~、ありがとうございます、いいんですか」「ぜんぜんいいわよ」。その会話を聞いただけで、この町が稲垣さんの“居場所”であり、彼女が“承認”されていることがよくわかる。

「先日母親を亡くしたのですが、50歳くらいになると、誰もが身近な人の死を通じて、自分の人生も限りがあるのだと思い知るようになります。それは“豊かな老後”の“豊かさ”とはどんなものなのか、問い直すかけがえのない機会になると思うんです。
残された時間が限られているなら、私は贅沢に遊ぶよりも、大事な人に感謝の気持ちを伝えたいし、お金を稼ぐよりも誰かに“ありがとう”と言われたい。今まで自分がもらってきたものを死ぬまでに返してゆき、ゼロになって終わるくらいがちょうどいい。そんな風に思えたら物質的に失うことはそれほど怖くないし、自由になれるんじゃないでしょうか」
■Profile
稲垣えみ子
いながきえみこ/1965年愛知県生まれ。一橋大学卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部デスク、週刊朝日編集部などを経て、2013年から論説委員。東日本大震災を受けて始めた節電生活のコラムが話題に。’16年、50歳を機に同社を退社、その顛末を書いた『魂の退社』が大きな反響を呼ぶ。’12年からアフロヘア。6月16日に新刊『寂しい生活』を上梓。

 

 
『おとなスタイル』Vol.8 2017夏号より
撮影/古谷勝

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