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フーディーズ注目!発酵のレジェンド「徳山鮓」が人気の理由  [FRaU]

2017年09月18日(月) 20時00分配信

今もっとも「ディスティネーショントリップ」の名にふさわしい和のオーベルジュ。ここでしか味わえない余呉の自然、発酵食文化を堪能しに訪れたい。
発酵食文化を伝える和のオーベルジュ

Photo:Yoshiki Okamoto 

発酵食文化を伝える和のオーベルジュ

「『徳山鮓』にはもう行った?」という言葉が、おいしいもの好きの間で合い言葉のようにささやかれるようになって、どれくらいになるだろうか。フーディーたちの熱狂っぷりは、流行りのレストランを話題にするかのよう。

しかし『徳山鮓』があるのは、東京から新幹線と在来線を乗り継いで約3時間30分の場所にある滋賀県長浜市余呉町。琵琶湖の北に余呉湖という湖があるのだが、その湖畔に立つ、宿泊施設を併設した小さな料理店だ。決して東京からアクセスがいいとはいえない。訪れてみると界隈は驚くほど静か。誤解を恐れずいえば「何もない」ように思える場所である。

1年ものの鮒鮓。身にはたっぷりと卵が詰まっている。Photo:Yoshiki Okamoto 

屋号の「鮓」は、寿司の原型ともいわれる「なれずし」を指す。魚を塩と米で乳酸発酵させたもので、滋賀の鮒鮓もそのひとつ。余呉は鮒鮓発祥の地ともいわれている。徳山浩明さんは、この鮒鮓をスペシャリテに掲げ、2004年に『徳山鮓』を開いた。きっかけは、発酵学の第一人者・小泉武夫さんとの出会い。余呉に伝わる鮒鮓の文化の継承し、発酵食の魅力を広く再発信する役割を、その腕に託されたのだ。

鮒鮓は春に獲れたニゴロブナを塩漬けにし、炊いた米と一緒に漬け込む。魚の保存を目的とした伝統料理だけに製法はシンプルだが、塩加減や水分量、漬け込む時間や温度、湿度などの環境によって仕上がりが微妙に変わる。

「声なき微生物の声に耳を傾けるんです。10年以上、努力と経験を積み重ねてきたつもりですが、まだまだ違う表情が現れる。それが難しく、だからこそ面白い」と、徳山さんはいう。約1年かけてじっくり発酵させた鮒鮓は、独特の芳香があり、丸みのある塩気と強い旨みが極上のウォッシュチーズを彷彿させる。なんとも酒が欲しくなる味だ。

甘味の発酵アイス。Photo:Yoshiki Okamoto 

今、「発酵」は食のこれからを語るキーワードになりつつある。2013年、和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、世界中から注目を集めているが、醬油や味噌、かつお節など、和食に欠かせない調味料や食材は、いずれも発酵食品だ。

『徳山鮓』のゲストには、以前から料理人や、日本酒、ワインの醸造家、チーズの生産者など食のスペシャリストたちが多いが、近年、世界の舞台で活躍する海外のトップシェフたちも、はるばる余呉を目指してやって来る。『徳山鮓』開業から13年、一見「何もない」ように見える余呉の地は、国外にまで名を馳せる美食のディスティネーションになっている。

 
朝夕の食事で味わう余呉の自然の恵み

トマトのソースなどのアレンジをほどこしたサバのなれずし。Photo:Yoshiki Okamoto 

朝夕の食事で味わう余呉の自然の恵み

ジャンルの枠を超え伝統と現代が出会い土地の風土を描き出す

鮒鮓はスペシャリテではあるけれど、余呉まで足を運ぶ人々のお目当ては、その一皿にとどまらない。夏のある夜の食卓は、こんな具合だ。鮒の子まぶしに、サバを使ったなれずし。ぷりっとした余呉湖の天然鰻を使用した飯蒸し、蒲焼き。

熊とイノシシ、鹿肉のテリーヌやイノシシの生ハムなどジビエ加工品の盛り合わせ。Photo:Yoshiki Okamoto 

前菜のプレートにはジビエの時期に獲った熊やイノシシでつくるサラミやハムといった加工品がずらりと並ぶ。希少な食材、ここでしか食べられない料理のオンパレード! 食材は薬味に至るまでほとんどすべてが店の界隈で手に入るもの。鮎魚醬などの調味料まで自家製だ。

野菜やハーブを育てるビニールハウスを案内してくれた徳山さん。Photo:Yoshiki Okamoto 

「7月になると丹生川の鮎漁が解禁になります。同じ頃、山にキノコが出始める。種類を変えて秋まで実にさまざまなキノコが採れます。8月になると杉の木の根元にミョウガが生え始める。芯を取って煮浸しにすると旨いんですよ」

料理のこととなると、徳山さんの話は止まらない。表情は、少年のようだ。

余呉湖で獲れた天然鰻の蒲焼き。身にぷりっとした弾力がある。Photo:Yoshiki Okamoto 

鮒鮓を究めようと試行錯誤するうちに、余呉の自然、気候風土に深い興味を抱くようになった徳山さん。伝統的ななれずし文化の継承だけにとどまらず、余呉の恵みを生かした新しい料理の創造にも心を砕いてきた。京都での修業経験があり、料亭などで一級とされる食材にも通じているが、自分は「足元の食材」で勝負すると決めている。しかもその多くを自らの手で調達してしまうのだ。

だから徳山さんの一日は、山に分け入って山菜やキノコを採り、鮎や鰻を釣るところから始まる。食材の大きさや質感だけでなく、どんな場所で、どんな状態で“生きていた”かを見極め、そこから調理法や合わせる食材を導き出すのだ。だから『徳山鮓』の料理には命が宿る。

伝統製法で米の味のする酒を醸す酒蔵『冨田酒造』の「七本鎗」。Photo:Yoshiki Okamoto 

湖や川がもたらす清らかな滋味に始まり、山が育む力強い味へと導かれるコースは、余呉の自然丸ごとの味。そこに飯のソースなど発酵のニュアンスが加わり、滋賀の地酒・七本鎗をはじめとする酒との幸せなマリアージュを促すのだ。

余呉湖のすっぽんの出汁でつくる雑炊。Photo:Yoshiki Okamoto 

品数もボリュームも十分か、それ以上。でも心ゆくまで堪能して大丈夫だ。翌日の朝食は「たっぷり飲んだ翌朝でもするりと胃に収まる」やさしい献立が用意されている。食材は地の旬のものが中心、漬物や薬味まで自家製という軸は、夕食と同じだ。
四季折々の風景と一期一会の味を求めて

ダイニングからは刻一刻と表情を変える余呉湖を一望できる。Photo:Yoshiki Okamoto 

四季折々の風景と一期一会の味を求めて

SNSが発達し、日本各地の料理人が自由に情報発信できるようになった近年、地方ガストロノミーは活況の時代を迎えているように思える。とはいえ、多くの有名店が「一度は行ってみたい」場所で終わってしまっているのも事実だ。そんな中、『徳山鮓』は驚くほどリピート率が高い。一度訪れたゲストは、ほぼ必ずといっていいほど、余呉に“帰って来る”。

理由のひとつは、余呉と『徳山鮓』に四季折々の魅力があるからだ。この時期、木々の緑をいきいきと映し出す余呉湖は、冬になると灰色になり、白い雪化粧をした山の中に水墨画のように浮かび上がる。夕暮れどきに食前酒で喉を潤しながら、あるいは朝の目覚めとともにデッキテラスへ出て、美しい湖畔の景色を堪能するのも忘れてはならない贅沢だ。山菜、鮎、キノコ、ジビエと食材も土地の自然の賜物。食いしん坊ならば、季節を変えて再訪したい欲求に駆られる。

施設脇の小さな畑でぶどうも栽培している。Photo:Yoshiki Okamoto 

もうひとつは、『徳山鮓』が常に進化しているから。徳山さんは、昨年から敷地の一角の畑で、自ら野菜づくりを始めた。ナスタチウムやハーブなども使う直前に摘めば香りの鮮烈さは格別。野菜も好きなタイミングで収穫でき、花やわき芽も料理を彩る素材に加わった。鮒鮓もこれまで以上のクオリティを追求しようと、貯蔵庫を改築。まだまだ、さらにおいしくなる可能性を秘めている。料理だけではない。客室も3年ほど前から少しずつリニューアルしている。

琵琶鱒の卵を中心とした前菜盛り合わせ。Photo:Yoshiki Okamoto 

『徳山鮓』の進化は、施設のパワーアップ以外にも要因がある。長年、徳山さんと妻の純子さんが中心になってすべてを切り盛りしてきたが、昨年、京都で料理の修業をしていた娘の舞さんが、ご主人で料理人の那由太さんとともに帰って来た。数年後には、現在パリのレストランで修業中の次男・敬介さんも余呉に戻り、家族と一緒に仕事をする予定だという。なんともわくわくする話ではないか。まだまだ果てしない可能性を秘めた『徳山鮓』の料理。鮒鮓を中心とした発酵食の伝統と、旬の地産食材だけで表現するという大枠はそのまま、独自の発展を遂げ、また新しい余呉の風景を、皿の上で楽しませてくれそうだ。

年々、予約が取りにくくなる状況は悩ましいが、求めよ、さらば与えられん。世界が羨望する、唯一無二の美味が待っているのだから。
徳山鮓
滋賀県長浜市余呉町川並1408
アクセス:東京から東海道・山陽新幹線ひかり号で米原駅へ(約2時間11分)。米原駅から北陸本線長浜・敦賀方面行きに乗り換え、余呉駅で下車(約30分)。余呉駅前からはタクシーで約5分。送迎もあり(予約時に要相談)。

●情報は、FRaU2017年9月号発売時点のものです。

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