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髙橋大輔が思い描く「こんな人生が送りたい!」その内容とは [FRaU]

2017年06月29日(木) 11時00分配信

Photo:Shingo Wakagi 

2014年に28歳でフィギュアスケートの競技生活から引退した髙橋大輔。今後の彼の挑戦から目が離せない。インタビュー全文公開。

新しいことを始めるときは いつもすごく臆病になる

現役時代、何度か、「あ、今お客様の気持ちとシンクロしている」と感じられたことがあった。試合中にそんな手応えを得られることは稀だけれど、その確かな空気感を共有できたことは、今も強く心に刻まれている。感情の起伏が激しいことは、(仕事仲間としては若干厄介な気質だけれど)表現者にとっては大切な才能である。
ダメだダメだと自分を責めつつ、最後は「いい時はいいんだから、その奇跡を信じよう」と開き直る。常に劇的に感情が動いているから、感情の高揚感に肉体の動きがついて来た時、あるいは肉体の動きに感情が釣られた時、想像を超えるような、心を震わす表現が生まれる。妄想も含め、つくづく日々をドラマチックに生きている人である。
「いや、でも基本は、何もやりたくないんです。競技生活をしていたころは、次はこの試合でと予定が組まれて、そこにピークを合わせるように調整しながら毎日を過ごしていたので、まっさらな状態から何かを生み出す、という経験をしたことがなくて。ゼロから何かを作る訓練をしたことがないぶん、新しいことを始める時はすごく臆病になるんです。競技を引退してからは、提案される仕事は、自分には難しいかな、向いていないかな、と思っても今は思い切って飛び込むようにしています。いざやってみたら全力で楽しんでる自分がいる(笑)。最後は、『こんなことでお金を頂いてしまってもいいのかな、すごく楽しんでしまっているんですけど』みたいな(笑)」
2014年に28歳で競技生活から引退した彼は、プロスケーターやスポーツキャスターとして活躍する以外に、昨年はダンサーとして2000人規模の観客を擁する東急シアターオーブのステージに立っている。現役時代に、(髙橋さん出演舞台の構成・演出を担当している)シェリル・バークさんから「ダンサーとして世界有数のダンサーたちと一緒に踊ってみるのは?」と声をかけられ、その時は、スケート靴を履いていない時の自分のパフォーマンスが想像できずに断った。

現役でありながら、スケートから離れて別のことに取り組むことも考えられなかった。ところが、競技から引退後、ニューヨークで語学留学中に再度「一緒にダンスをやりましょう」と声をかけられ、日本に戻ってから「OK」の返事をすることにした。
これからは、妄想じゃなく、 LOVEを実践していかないと

Photo:Shingo Wakagi 

これからは、妄想じゃなく、 LOVEを実践していかないと

「日本で仕事を始めようという気持ちになった時、“せっかくなら、新しいことに挑戦しないとな” と思いました。スケート靴を脱いだとき、自分に何ができるのか、全くわからなかったけれど、失敗したら失敗したで、オファーしてくださった方がきっと見る目がなかったんだと思えばいいか、と開き直って(笑)。

日本でダンスのレッスンをしていこうと思っていたら、『何もしなくていい。変な癖がつくよりはまっさらな状態で来てもらったほうが』と言われて。実際、シェリルを始めとしたアメリカの演出チームはみんな褒め上手で、『すごくいいよ!』とか『大丈夫!』『正解はないんだから、好きなようにやればいい』とか、基本、おだてられながら、毎日いい気分で稽古を進めていくことができました(笑)」
2016年に上演されたステージ「LOVE ON THE FLOOR」は、大盛況のうちに幕を下ろした。そうして昨年12月、「LOVE~」の2017年公演が決定。髙橋さんは、シェリルさんとのダブル主演を務める。
「現役時代はソロスケーターだったので、エモーショナルな表現の時も、妄想力を働かせることで補える部分が大きかったんですが、『LOVE~』はペアでのダンスもあるので、いざ『こんな感じで』と男女の愛のイメージを求められた時、咄嗟に想像することができませんでした。肉体同士が、リアルにコンタクトするものだから、イメージだけでは補えないんです。それで、もっと妄想じゃなく “LOVE” を実践していかないとと、この舞台を通して思うようになりました(笑)。

今は人の仕草などを観察して、こんな感じだったら色っぽい、可愛いな、この人の動きいいな、とか。そんなのばかり気にしてしまっています。舞台でも映画でも、もちろん最初は楽しもうと思って観に行っているのですが、最後のほうは職業病みたいになって、最近は作品を純粋に楽しめなくて(苦笑)」
スケート靴を履いていない状態での “肉体の演技” は、何よりバランスを取るのが難しい。床との接点が少ないほうが、動いている時はバランスが取りやすいけれど、普通のダンスでは、足の裏がべったり床についてしまうため、一度バランスを崩したが最後、バタンと倒れてしまう。練習に練習を重ねて、少しずつ慣れてきたのだという。今はまだプロスケーターとしても活躍しているが、これから、ダンサー一本で生きる、という道もあるのだろうか。
歌が上手ければ、 ミュージカルに出たかった

Photo:Shingo Wakagi 

歌が上手ければ、 ミュージカルに出たかった

「それが、実は今もまだ、情熱を持ってしたいことが見つかっておらず……。今は、いろんなことにチャレンジしてみる時期だと考えています。プロスケーターとしては、思い通りに身体を動かせる時期に限界はあるので……かと言って、無から有を生み出すことは得意ではないので、コレオグラファーには絶対なれない。

スケートの世界に関わっていくとしたら、コーチの可能性でしょうか。出されたお題があればアレンジするのはすごく好きですし、選手という素材を味付けすることは、経験を生かしてできるかもしれません。練習についても、自分には甘いけど、他人には厳しいタイプだから、ちゃんとサボらないように厳しく接すると思いますし(笑)。

スケートを離れてなら、ミュージカルをやってみたいと思ったことがありました。でも、歌がダメなんです(苦笑)。役者? 表情や台詞だけで感情を表現するのは、僕にはハードルが高すぎます。テレビや映像の世界で何かを表現するのではなく、ステージの中で繰り広げられる物語の中で、お客様と一緒に時を過ごしていくほうが、向いていると思います。そう考えていくと、やはりライヴが好きなんです。そこでは、演者と、作り手と、お客様の愛が肌で感じられるから」
現在31歳。“こういう人生を送りたい” という具体的なプランはありますか? という漠然とした質問に、彼はニヤリと笑って、「ありますね~」と言ってこう続けた。

「毎日美味しいものを食べるお金に困らない程度で、自分のやりたい仕事をやっている。あまり喋らないのに気がきいて、喋ったら面白くて、老若男女にも愛されるような。そんな人生が理想です」
とにかく、かっこいい大人になりたい、と目を輝かせた。人見知りだった少年が、スケートに出会い、大勢の人に注目され、愛される喜びを知った。今は、たくさんの愛に囲まれていることを自覚しながら、わざわざ足を運んでくれる人のために、ステージ上で自分の肉体を通して “愛” を表現する。美しさとか、正確さとか、高度なテクニックとはまた違う “感情の揺れ” のようなものを、観る人の心に刻みつけられるよう、全身で妄想しながら。

PROFILE

髙橋大輔 Daisuke Takahashi
1986年生まれ。岡山県倉敷市出身。2002年世界ジュニアスケート選手権優勝、2010年バンクーバー五輪銅メダル、同年世界選手権優勝など日本男子初、アジア人男子初の快挙を次々と成し遂げた。

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