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ふたつのガンを通して向き合う“命” 自分で決断する闘病記 [おとなスタイル]

2016年11月01日(火) 09時00分配信

山口仲美さん

ふたつのガンを経験した国語学者の山口仲美さん(73歳)。人生最大の危機と向き合ったとき、どう考え、何を選択すべきか。“医師にお任せ”ではない、自分で決断する闘病記を伺った。

「大腸ガンと膵臓ガン」ふたつのガンを経験し見えてきた、命との向き合い方

疑わしくも「ガンなんて 他人事」と思い続けていた
不躾ながら、なんとかわいらしい人だろうと思った。テレビで『枕草子』を解説する山口さんを観たのが出会いだった。女心の読み解き方、言葉選びがとても素敵で、興味を持った。著書を探るうちに『大学教授がガンになってわかったこと』を知った。
山口さんは、7年前に大腸ガン、3年前に膵臓ガンと、ふたつのガンを経験していたのだ。闘病記かと読み進めると、これが通常のものとは大きく違っていた。果敢に、爽快に、病気と向き合う“読んでも落ち込まない闘病記”だったのだ。

「昔から人を愉快な気持ちにさせないと気が済まなくて。闘病記を書いたきっかけは、私の愚かな体験を知っていただいて、読んだ人が賢いガン患者になってくれたら、と思った からです」

20代から自律神経の不調に悩まされてはいたものの、大病とは無縁。“ガンなんて他人事”と思っていた。

「でも、ちゃんとサインは出ていたんです。便に鮮血が混じっていたのに、そのまま数ヵ月も放っておいた。痔が悪化したんだろうと自分を納得させていました。そのうち微熱が続くようになり、身体はだるいしお腹も時々痛い。これはマズイと検査を受けたら、見事に陽性。“変だと思ったら、直ちに病院に行く”。こんなわかりきったことを実行せず、ガンの発見を半年以上も遅らせてしまったのです」

検診の必要性はわかっていても不安ゆえに、逆に足も遠のく。しかし、日本では今、ガンの罹患率は年々増加し、2人に1人はガンを患う。決して他人事ではない。意を決した山口さんは、まず、ホームドクターの もとへ向かった。
知識もコネもないゼロから始まった病院選び

2度のガン罹患体験を踏まえ、病院の選び方、主治医と合わないとき、抗ガン剤をやめたくなったとき等、どう考え振る舞うべきかをレクチャー。「賢い患者」になるための手引き書。『大学教授がガンになってわかったこと』(幻冬舎新書)

知識もコネもないゼロから始まった病院選び

結局、ホームドクターでは手に負えず、紹介してくれたのは自宅近くのN病院。でも、N病院は過去に山口さんの息子さんが怪我の治療から感染症を起こしてしまった、嫌な思い出の残る病院だった。そんな思いを抱え、しぶしぶ検査のために訪れると、看護師の説明は不十分。しかも、採血によって、腕には大きな青あざができてしまった。

「私は“一事が万事”と考えます。採血くらいで青あざができてしまっては、安心してその後の内視鏡検査を任せられない。ホームドクターには心底申し訳ないと思いつつ、N病 院のご紹介を断ることにしました」

この日から山口さんのゼロからの病院選びがはじまった。大学教授という仕事柄、有名医師と知り合いだったりと、恵まれた環境にいたのでは?と想像する人もいるかもしれないが、実際にはコネも情報もゼロ。まずは、口コミを利用。ガン経験者など少しでも情報を持っていそうな人に教えを乞うことに時間を割いた。次に、「病院ランキング」などが載っている本で、病院を調べた。その際、大腸ガンであればその手術数、術式、評価など、具体的に検討した。

「闇雲に調べるのではなく、ポイントを絞って。手を尽くし、あらゆる情報から取捨選択しました。病院選びは誰もがゼロからの出発。本気で時間もエネルギーも注がなければ、 単に待っているだけでは、情報もチャンスもやってこないのです」

偶然にも、知人から紹介されたT大学病院は、山口さんご自身が目星をつけた病院と一致。予約を入れ、 病院選びも決着と思われた矢先、別の知人から内視鏡のカリスマ・S医師を紹介する旨の連絡が入る。

「S医師からは直接、『すぐに診てあげる』というお電話もいただきました。これは悩みましたね。でも、 私は結局、T大学病院を選びました。正直、カリスマ医師にはすごく心が動きましたが、内視鏡検査の結果、開腹手術が必要になったときのことも考えました。内視鏡検査はやってくださっても、開腹手術はS医師が行うわけではありません。S医師の所属する病院の開腹手術執刀医が行うのです。T大学病院の医療チームとどちらが信頼できるかを考えて決定したわけです」

自分の命は 自分でしか守れない

ふたつのガンの手術、抗ガン剤治療を通し、導き出した鉄則とは……。

「患者は、自分にとっていい病院、 いい医者を、自分の意思で選ぶべきです。紹介をお断りするのは勇気の要ることですが、義理人情に流されてはいけません。自分で選んだものは、結果がどうあれ、“覚悟”が持てるものです。“選択”には必ず、苦痛が伴うものです。
選択とは、あらゆる可能性の中からひとつを選んで、他の可能性を捨てること。選択できないのは、すべての望みを叶えようとするからです。誰だって、知識があって優しくて、手術の腕が立って、コミュニケーション能力も備えた医者がいいに決まっています。でも万能な医者は存在しません。
外科手術をするなら、何より腕が立つことが最優先事項。技術さえ高ければ、少々性格が悪くてもどうにか なる。一方、抗ガン剤治療など、長期にわたる治療であれば、高い知識の他に、“患者とのコミュニケーション能力”が必要と私は思います。
“絶対に譲れない”条件は何なのか、じっくり考えてみること。そして、よく考えて実行したことは悔やまない。悔やんでどうにかなるものならいいのですが、大抵は覆水盆に返らず。だったら、結果にどう働きかけたらいいのかにエネルギーを注ぐほうがいい。
ふふふ、病院選びや医者選び は男選びに似ているかも。考えて選んだのに、思わしくなかったら、くよくよしないで、次の手を考えて前に進めばいいんじゃあない?」

病気は不安でつらいこともたくさんある。でも、新しく得ることも多い。
ガンは、わたしに「謙虚」と「受諾」という、自分に最も欠けていた精神的な贈り物をくれました。

■Profile
山口仲美
1943年生まれ。
東京大学大学院修士課程修了。文学博士。埼玉大学名誉教授。
古典語から現代語までの日本語の歴史を研究。擬音語・擬態語の研究を一般向けに書いた著作の評価も高い。著書に『日本語の古典』ほか。


『おとなスタイル』Vol.4 2016夏号より
(撮影/蝦名まゆこ)

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